天皇から庶民までの四、五一六首
『万葉集』は、天皇から庶民までほとんどあらゆる階層を含んだ歌人による、七、八世紀に歌われた和歌の日本最古の歌集である。しかしそれだけでなく、四、五一六首という量的な意味でも世界最大のアンソロジー(選詩集)でもある。多くの詩歌を、批評的な目で選択し、編集するという事業そのものが、時代と人々の文化水準の高さを示している。この選集の裏に、どれほど多くの和歌が作られていたかを想像すると、この時代の文化の裾野の広さを感じる。
無論、古さからいえばギリシャの詩で、紀元前八世紀のホメロス、ヘシオドスなどの歴史を語る叙事詩などがよく知られている。ただその内容は、日本の『古事記』や『日本書紀』に対応するもので、『万葉集』のような、多くの作家の作品を集めた詩の一大集成というものではない。その見地からすれば、紀元前一世紀に詩人メレアグロスが編集した『花冠』Stephanosは、古典期の前七世紀から前三世紀の詩人四十七名を選び、自分の作品を加えた詩選集である。