古墳時代に庭園がつくられていた!
日本の庭園は、池、流れ、島、築山、石組、植栽という日本の風景を感じさせる要素から成り立っている。それを縮景、借景と組み合わせてつくり、また神道や仏教などを形態的に取り入れて、世界でも独自な庭園を形づくってきた。
その重要性は平安時代の造園術を集大成した『作庭記』(十一世紀)という専門書が出されたことでもわかる。庭園の作法をこれだけ詳細に論じた書物は世界にもない。そこには「国々の名所を思ひめぐらして、おもしろき所々をわかものになして、おほすがた(だいたいの形)をその所々になずらえて(似せて)、やはらげたつべき也」と、日本の庭園の独自性を自ずから語っている。庭園が、日本の風景を意識したものだというのだ。しかしこうした庭園書が書かれた背景には、すでに日本にそのような実績があることを示している。
中国では稲作文化の広がりとともに、家屋の前に庭が作られ、動物を飼育する囿や、果樹を植えた園が造られていった。西周から東周(春秋、戦国)にかけて、宮苑園林ができ、秦の時代に至ると神仙思想を信じた始皇帝によって大規模な上林苑が造成された。