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(2021/11/26 追記)

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今だから言える日本政治の「タブー」
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政治・社会
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まえがき

『今だから言える日本政治の「タブー」』
[著]田原総一朗 [発行]扶桑社


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『サンデープロジェクト(以下、『サンプロ』)』の二一年間を改めて振り返ると、テレビというものを変えるのだといういささかならぬ気負いを抱き、わたしなりに筋を通して戦ってきたつもりでいながら、テレビによってわたし自身が変わった、驚くほど変えられたと思わざるをえない。

 わたしは、社会人としての出発はテレビディレクターであった。岩波映画という会社で「楽しい科学」という番組を担当していた。その後、テレビ東京(当時は東京12チャンネル)に移って一貫してドキュメンタリー番組のディレクターを続けた。

 その間、ざっくりと言えば、わたしはアナーキストであった。

 わたしは小学校の五年生の夏休みに敗戦を迎えた。大東亜戦争で日本は敗北したのである。

 五年生の一学期まで、わたしは軍国少年であった。

 教師たちは、
「君らは天皇陛下のために死ね」
「大東亜共栄圏の捨て石になれ」
とわたしたちに教えた。日本の戦争は正義の戦争であり、米英は鬼畜だと学んだ。

 ところが二学期になって、一転して「日本の戦争は侵略戦争」で「日本の戦争の指導者たちは犯罪者」ということになった。同じ教師たちがこう言い出したのである。

 わたしたち日本人は、やってはならない戦争をやってしまったのだと言うのだ。そして
「何者かが戦争を起こしそうになったら、君らは生命を懸けて反対せよ」
と教えられた。

 夏休みを挟んで、世の中の価値観が一八〇度変わったのである。

 そして高校に入った年に朝鮮戦争が勃発し、警察予備隊という自衛隊の前身がつくられた。
「戦争が起きそうになれば、生命を懸けて反対せよ」
と教えられていたので、わたしたちは「朝鮮戦争反対」「警察予備隊反対」を主張した。すると、
「お前らは共産党か」
と叱られた。げんにこの年に日本共産党は非合法となった。

 学生時代、そして社会人になっても、時代の風潮もあってわたしは左翼シンパになった。岩波映画の面接で「何党に投票しているか」と問われて、「社会党」と答えると「中途半端だ」と苦笑された。

 その後、左翼がいくつにも分かれて、激しい内ゲバが行なわれ、右翼、保守に対する批判、憎悪よりも左翼内部での対立の方が激しくなった。

 わたしは少年時代の体験から、国家、権力の危険さ、信用ならないことは骨身に感じていたが、左翼運動にも疑問を抱き、アナーキストとなっていったのである。

 一九六五年に国際会議で四〇日ばかりソ連に滞在した影響も大きい。社会主義に幻滅したのである。わたしは、その時まで社会主義国は日本よりも言論、表現が自由で、生活も豊かだと考えていたのである。そこでモスクワ大学での学生たちとのシンポジウムでフルシチョフ失脚について問うと、誰もが顔面蒼白になり、コーディネーターが、
「政治の話はしないでください」
と慌てて止めた。フルシチョフはスターリン批判をして登場し、日本では“雪どけ”と言われていたのである。その他にもモスクワで社会主義に幻滅せざるをえない体験を数々したのだ。

 それでもわたしは反体制、反権力であった。
『サンプロ』を始めても、ジャーナリズムとは権力を厳しく監視し、徹底的に批判すべきだと考えていた。だが、政治家たちとの真剣勝負とも言える討論を重ねる中で、わたしは概して野党の政治家たちが建て前を強調することで、現実の難問から回避しがちなこと。そして政権党の幹部や閣僚たちが直面している問題については、何とか質問をはぐらかして抽象的表現に終始しようと謀っていることに気づかざるをえなかった。そこで『サンプロ』は、政権党の幹部や閣僚たちに、建て前ではなく、ホンネを引き出す、ホンネを言わせるという番組になってきた。

 しかし、政権党の幹部や閣僚たちからホンネを引き出すためには、課題については相手に引けを取らないだけの知識が必要である。
『サンプロ』のスタッフはもちろん、わたしは眠る時間を割いて、土日もなく取材に明け暮れることになった。それを二一年間続けたのである。取材は、当然ながら一次情報を持っている人物、はっきり言えば当事者に直接当たらなくてはならない。必死になってそれをやり続けた。一日に少なくとも五〜六人には会った。

 さらに、反体制、反権力の立場に立っていれば、具体的には触れる必要がなかった安全保障や公共、さらに国家、巨大財政赤字や国際競争力といった難問に真っ向から取り組まざるをえなかった。安全保障や国家について取り組むと、保守、反動と批判される恐れがあるのは承知しながらである。

 さらに、バブルがはじけて以後は、厳しくホンネを引き出そうとして、首相や閣僚を失脚させてしまったこともある。権力側がホンネを隠しているというよりも、確たる政策がなく、何をどうしてよいかわからず漂流しているのではないかという思いを強くした。政権党同士の内ゲバにまでなってしまうことがあった。

 わたしは、ジャーナリズムは権力を監視し、危なさに気づけば厳しく批判すべきだとは現在も強く認識している。ただ、純粋正論を主張する野党とは異なる存在であり、現実から遊離した建て前に終始するのでは、わたしには飽き足らないのである。あるいは、それが『サンプロ』終焉につながったのだろうか。

 なお、この『サンプロ』の総括を一冊の書にまとめあげるには、半世紀の友である水口義朗氏をはじめ前屋毅氏、そして扶桑社の水口星史氏にひとかたならぬお世話になった。心から感謝の意を表したい。

二〇一〇年七月田原総一朗
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