読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-1
kiji
0
1
1062097
0
今だから言える日本政治の「タブー」
2
0
0
0
0
0
0
政治・社会
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
●ポスト細川に上機嫌だった男

『今だから言える日本政治の「タブー」』
[著]田原総一朗 [発行]扶桑社


読了目安時間:4分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ



 村山が『サンプロ』でも語っていたようにその間にも、日米関係は険悪になるばかりだった。円は急騰し、株価は暴落した。日本の信用力が低下した結果である。さらにクリントン大統領が「貿易戦争もありうる」とかつてない強い言葉で日本を非難するほど、日米関係は悪化していた。悪化するだけでなく、交渉さえもできない、日米間は断絶状態になっていたのだ。細川が誇らしげに口にした「成熟した大人の日米関係」がもたらした結果だった。

 そのままでいいわけがない。そこで一九九四年三月六日の『サンプロ』に細川政権で副総理兼外務大臣を務めていた羽田孜に登場してもらい、「どうする日米関係」というテーマで意見を訊いた。しかし、羽田の返答は「上の空」というのがわたしの印象だった。あの時、羽田の頭の中には日米関係などなかった、とわたしは思う。彼の頭を占めていたのは、「ポスト細川」でしかなかったのだ。

 そのころ、東京佐川急便からの一億円の借金とその使途、さらに義父名義のNTT株問題などで野党の自民党、中でも亀井静香(当時は自民党)から執拗に追及された細川は、窮地に立たされていた。それで政権を投げ出すとの噂が飛び交い「ポスト細川」が話題になっていたのだ。連立政権発足時に小沢は羽田との約束を破って細川を首相の座に就けたが、今度こそ小沢は約束を守って自分を首相にする、と羽田は思っていたに違いない。そうなると首相になる日が待ち遠しく、そのことで頭の中はいっぱいだったと想像できる。

 九四年四月八日、細川は辞意を発表する。首相在任期間は、わずか八カ月にすぎなかった。そうなると話題は、「ポスト細川」に集中する。最有力候補は羽田孜だろうと思われていたが、新聞各紙には自民党渡辺派の会長である渡辺美智雄の名前が早々と躍った。連立政権を実質的に牛耳っていた小沢一郎は、次の首相を羽田でなく渡辺にしようとしている、というのだ。

 細川が辞意を発表した八日の午後、「総理になるためにはパフォーマンスも考えますか」と記者に訊かれた渡辺は、上機嫌でネクタイをマフラーのように首に巻いてみせたという。前年の一一月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で細川が、目立つマフラー姿で写真撮影に現れ、それが話題となったからだ。そのパフォーマンスをまねてみせたわけで、首相への意欲を示したのだ。

 なぜ小沢はポスト細川として渡辺に目をつけたのかといえば、自民党を分裂させるためである。渡辺を首相にすれば、当然ながら渡辺は自派の自民党議員たちを引き連れて連立入りすることになる。そうなると自民党は分裂する。その小沢の狙いを、細川政権が終わってからだが、わたしは市川雄一から教えられた。

 市川に細川政権での小沢の目的を問うと二つあった。一つは社会党を分裂させること。そしてもう一つが自民党の分裂であった。小沢という政治家は、政局づくりには熱心だが、政策には関心を持っていなかったようだ。そして分裂の狙いは、結果的に両方ともに失敗した。

 細川の辞意表明から二日後、四月一〇日の『サンプロ』のテーマは、もちろん、「細川首相辞意」である。当然、「ポスト細川」の最有力候補である羽田孜に出演してもらった。さらに、渡辺美智雄にも来てもらった。
「渡辺さんは、自民党と、新生、公明、日本新党などとの連合を考えているのか、自民党を割って出ての連合を考えているのか」

 わたしは渡辺に質問をぶつけた。それに渡辺は、上機嫌で、ジョークをまじえながら、能弁に答えた。
「だって、先方からは、まだ何の話もないわけだからね。先走ったことを言うわけにはいきませんが、私としては体力も意欲も十分にある、ということだ。精力のほうは少々自信ないがね。具体論としては、私はいまの段階では申し上げられないが、もし『ご協力を願えないか』という公の話があれば、その時には、はっきりお答えするということだ」

 この渡辺の『サンプロ』での発言は、翌日の夕刊をにぎわせた。新聞休刊日で朝刊がなかったため、夕刊に載ったのだ。たとえば『朝日新聞』は、一面五段抜きで「後継首相 渡辺元外相が意欲」と報じた。以後、新聞は渡辺の動向を競って報道する。

 四月一六日には自民党総裁の河野洋平と渡辺の会談が行われたが、『朝日新聞』は「河野氏の説得不調 渡辺氏離党の可能性示す」と報じている。同じく『朝日新聞』は、一七日に「渡辺氏 意欲と弱音が交錯」、一八日には「渡辺氏が離党表明 新生との連携期待」という見出しの記事を載せる。そして一九日になって、「渡辺氏 離党・出馬断念へ」と報じた。この日を最後に、「ミッチー騒動」とマスコミが呼んだ騒ぎが終わった。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:1907文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次