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今だから言える日本政治の「タブー」
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政治・社会
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●橋本内閣の予算削減の幻

『今だから言える日本政治の「タブー」』
[著]田原総一朗 [発行]扶桑社


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『サンプロ』が少なからず影響を与えた一九九八年七月一二日の参議院選挙での自民党惨敗により、橋本龍太郎が責任をとって自民党総裁の座から去り、橋本内閣も退陣となった。

 もう一つ指摘しておかねばならないことがある。

 橋本内閣の大目標は行政改革であった。橋本内閣の副官房長官であった超ベテラン官僚の石原信雄に直接「行政改革とはどういうことか」と問うた。

 石原は「政府官僚たちの仕事(権限)を減らし、人数を減らし、つまり人件費を減らすことだ」と説明した。橋本首相の目標と同じだったに違いない。

 だが、官僚たちは「行政改革に協力する」と唱えて、「仕事や人数、人件費を減らすなどというのは、枝葉末節(しようまっせつ)であり、抜本的行政改革とは省庁の数を減らすこと」だと主張した。官僚たちはしたたかで権謀術数に富んでいる。諮問委員やマスコミ、そして主要閣僚たちまでが、「その通り」だと合唱した。そして各新聞、テレビは、省庁をいくつ減らすのかと競い合うように報じた。省庁の数をより多く減らすのが「より抜本的」であるかのように報じ、世論もそれに同調した。

 その結果、総務省、文部科学省、国土交通省、厚生労働省など合併省庁が少なからず生まれた。だが国家官僚の仕事も人数も減らず、いささかも予算削減にはならず、省庁が膨らみ大臣たちが掌握できず、官僚たちが勝手に振る舞うようになっただけであった。いわば内閣が官僚たちに振り回されたのである。

 九八年七月一九日の『サンプロ』には、小渕恵三、梶山静六、小泉純一郎というポスト橋本の総裁選立候補者たちに集まってもらった。強面(こわもて)な風貌で航空士官学校出身の梶山は「軍人」、一匹狼の小泉は「変人」、そしてこれといった特徴のない小渕は「凡人」と評したのは田中角栄の娘で衆院議員の田中眞紀子だった。小渕と梶山は同じ経世会であり、二人そろっての立候補は、いわば「経世会の内ゲバ」であった。しかし、小渕のバックには、経世会のボスである竹下登がいた。

 小渕は「凡人」ではあったが、竹下にいちばんかわいがられた人物でもある。なぜ竹下がかわいがったかといえば、小渕は決して竹下を裏切らないからだ。総理大臣を辞めた後も竹下のことを、小渕はいつも「総理、総理」と呼んでいた。

 九七年に山一證券をはじめとする大手金融機関が連続して破綻する金融危機を経験し、日本経済は厳しい状況の中にあった。自民党総裁に当選すれば首相になるわけで、わたしは立候補者たちに金融問題と景気の問題を訊ねないわけにはいかなかった。

 景気をよくするためには株価を上げなければいけないわけだが、その株価を上げることに梶山は番組でも慎重な姿勢を見せた。株価を上げる政策をとれば、株取引を活発化させることになる。それは日本をいわば「博打場」にすることであり、日本は博打場になじまない、というのが梶山の考えだった。

 これに対して小渕は、首相になってからも両手を上げながら「株上がれ!」とパフォーマンスを演じたくらいだから、『サンプロ』出演の時から株価対策による景気活性化に前向きな姿勢だった。同じ派閥に属していたとはいえ、考え方はまったく違っていたわけだ。

 小泉はといえば、この時の『サンプロ』でどういう発言をしたのか、失礼ながら、わたしは覚えていない。あのころの小泉は、まだ、そういう存在でしかなかったということだ。

 九八年七月二四日に行われた自民党総裁選では、経世会のほぼ全面的な支持を得た「凡人」の小渕が当選した。そして七月三〇日の国会で、第八四代内閣総理大臣に指名された。

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