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人生の極意
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生き方・教養
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あとがき

『人生の極意』
[著]佐藤優 [発行]扶桑社


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 今年(2015年)は、激動の年になる。特にイラクとシリアの一部地域を実効支配している過激組織「イスラム国」が不安定要因になる。2月1日、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の構成員と見られる黒装束の男によって、ジャーナリストの後藤健二氏が殺害される映像が動画サイトに公開された。ジハーディ(聖戦士)・ジョンと呼ばれる黒装束の男は、〈邪悪な有志連合を構成する愚かな同盟諸国のように、お前たちはまだ我々がアッラーの加護により、権威と力を持ったカリフ国家であることを理解していない。軍すべてがお前たちの血に飢えている。/安倍よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう〉という呪いの言葉を吐いた後、後藤氏の首にナイフをあてた。この言葉に「イスラム国」の内在的論理が端的に表れている。「イスラム国」が目指しているのは、世界イスラム革命だ。「イスラム国」とこの「国」を支持する人々は、唯一神アッラーの法(シャリーア)のみが支配するカリフ帝国(イスラム帝国)を21世紀のこの世界に本気で建設しようとしている。この目的を実現するためには、暴力やテロに訴えることも躊躇しない。


 後藤氏は、日本基督教団に所属するプロテスタントのキリスト教徒だ。ちなみに私も同じ教団に所属するプロテスタントなので、後藤氏の宗教人としての内在的論理を理解することができる。新約聖書にイエスが語ったこんな言葉が記録されている。

〈あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある〉(「ルカによる福音書」15章4~7節)


 イエス・キリストは、99匹の羊を残してでも、迷った一匹の羊を探すべきだと言った。「イスラム国」に湯川遥菜さんが捕らえられたとき、誰も本気で彼を助け出そうとしなかった。「誰もやらないのならば、君がやらなくてはならない」という神の声が後藤氏に聞こえたのだと思う。突然、心の中に聞こえてくる神の声をキリスト教徒は重視する。この神の声を召命という。それだから、外務省の渡航自粛要請を無視したのだ。キリスト教徒にとって、神からの召命のほうが国家の要請よりも上位に立つからだ。メールマガジン「クリスチャントゥデイ」(2014年5月30日)のインタビューを読むと後藤氏の信仰がよくわかる。後藤氏は洗礼を受けたときの事情についてこう述べる。

〈「もし、取材先で命を落とすようなことがあったとき、誰にも看取られないで死ぬのは寂しいかなとも思いました。天国で父なる主イエス様が迎えてくださるのであれば、寂しくないかな……なんて、少々後ろ向きな考えで受洗を決意したのは事実です」と後藤さん。しかし、当時の牧師に「われわれの信じる神様は、われわれが死ぬときのためにいらっしゃるのではないのですよ」と咎められ、はっとした〉


 後藤氏は、取材先での死を意識してキリスト教徒になった。後藤氏は、いつも心の中でイエス・キリストに相談しながら仕事をしてきたのだと思う。そして、誰からも関心を持たれていない湯川氏を助けるためにリスクを負うことが、信仰者として必要と考えたのだ。後藤氏は、聖書を常にそばに置いていたようだ。前掲のインタビューにこう記されている。

〈最後に後藤さんは、小さな聖書を差し出してくれた。いつも取材に出かけるときに手放さず持っている聖書だという。十数年前に同教会(引用者註:日本基督教団田園調布教会)の牧師から頂いたものだと言い、大切そうにページをめくっていた。そこには、「神は私を助けてくださる」(詩篇54:6)という言葉が。「この言葉を、いつも心に刻み込んで、私は仕事をしています。多くの悲惨な現場、命の危険をも脅かす現場もありますが、必ず、どんな方法かはわかりませんが、神様は私を助けてくださるのだと思います」〉


 後藤氏は、黒装束のテロリストが首にナイフをあてたときも、うろたえず、まっすぐ前を向いていた。そのとき、心に刻み込んでいる詩篇が脳裏をよぎったであろう。

〈見よ、神は私を助けてくださる。主は私の魂を支えてくださる。私を陥れようとする者に災いを報い、あなたのまことに従って彼らを絶やしてください。主よ、私は自ら進んでいけにえをささげ、恵み深いあなたの御名に感謝します。主は苦難から常に救い出してくださいます。私の目が敵を支配しますように〉(「詩篇」54篇6~9節)


 キリスト教徒にとって、死がすべての終わりではない。イエス・キリストを信じる者は、死から復活し、永遠の命を得ると信じている。隣人と真剣に向かい合った後藤氏の死生観から学ぶべきことは多い。私も「インテリジェンス人生相談」を通じて、隣人である読者と誠実に向かい合わなくてはならないと、決意を新たにした。



     2015年2月15日、曙橋(東京都新宿区)の自宅にて

佐藤優

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