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エンタメ
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第六章 『昔の名前で出ています』〜小林旭という過去〜

『不器用なもんで。』
[著]金子達仁 [発行]扶桑社


読了目安時間:11分
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 主役街道を歩いてきた小林は、ネットの登場より早く大衆が主役化していくさまを感じていた。
「いつしか映画が、日常を描くようになった。そうしてスクリーンに自分たちが普段喋ってるような言葉が出てきた途端に、観客が『あ、俺たち目立ってきた。俺たちが主役だね』ってふんぞり返ったよ」

 小林が看板を背負っていた頃の日活では、こんな常套句が使われていた。
〈どぶ板社会で生きている客に、どぶ板の映画を作っても誰も見ない〉

 戦後の焼け野原から生活を立て直していた市民にとって、映画は数少ない娯楽の一つだった。厳しい現実の中、地を這うような日々を強いられていた彼らには、そんな自分の日常を見るために、わざわざ払う金はなかった。

 当時の観客の目には、小林や浅丘ルリ子が演じた男女の恋も、あくまで「スターが演じるスター同士の恋物語」と映っていたはずである。役どころは、単なる「青年」と「娘」でも、観客は銀幕スターと手の届かない高価な服を着たマドンナを観に映画館へ通った。映画はあくまで厳しい現実を忘れさせてくれる「ファンタジー」だったのだ。

 小林が出演した極道映画の多くも、
〈悪党は悪党の映画を見ない〉

 という理念のもとに製作されていた。
「悪人は、善人の映画を見て、少しでも更生しようとする。善人には、逆に悪党の映画を見せて、『そういう世界を絶対作っちゃいけないぞ』と感じさせるんだ。とにかく『日常茶飯事』ってのは絶対にやってはいけない禁止事項の一つとして語られていたんだ」

 ところが、娯楽が増え、観客が金を持ち始めると、大衆映画の戦略が一変する。

 高度経済成長期真っ只中の1960年代後半、市民の生活が安定していく一方で、日活は後に「斜陽時代」と呼ばれるほど経営難に陥っていた。先に述べたようにテレビの登場が激しく影響を及ぼしたことが推測されるが、何より変わったのは観客の目線だった。
「今はどぶ板またいでるヤツにその意識がないから、どぶ板映画をやっても面白がって見るようになったよ」
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