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決定版・日本史
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歴史
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まえがき──日本の通史を初めて一冊の本に著した理由

『決定版・日本史』
[著]渡部昇一 [発行]扶桑社


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 英語学史を中心とするイギリス国学史を専門とする私が、日本の歴史を書くようになったことには変わったきっかけがあった。それは一九六〇年代の終わり頃に、私にはフルブライト・ヘイズ法招聘(しようへい)教授としてアメリカの四つの州の六つの大学で講義するという機会があったからである。そのときに出会った日本人の留学生や、日本人の若い講師と話してみて驚いたことは、日本の歴史についてまるで無知に等しいということであった。

 今から四十年も前にアメリカに留学している人、あるいはその留学に成功してアメリカの教壇に立っている人は、明らかに日本のエリートというべき青年たちだ。その人たちが、自分の国の歴史についてはほとんど何も教えられていなかったのである。私よりたった七、八歳か十歳ぐらい若いだけなのに、そこに明らかな「伝統の断絶」が感じられた。

 この人たちは敗戦の日本は悪い国であり、アメリカに比べると弱小・後進の国で、そんな国の歴史など学ぶに値しないというような育ち方をしているらしかった。日米開戦の引き金が石油禁輸にあったことをも知らない日本人の若い社会学講師もいた。

 それで帰国後まもなく、私が「海外に行く日本人は、日本の歴史についてこれぐらいは知っておいてもらいたい」という気持ちで書き下ろしたのが『日本史から見た日本人──アイデンティティの日本史』(昭和四十八年=一九七三年)であった。これは評判がよく、また、古代編ということで、後に中世編、その後休筆していたが昭和天皇のご崩御(ほうぎよ)に際して昭和編まで出した。いずれもロングセラーとなって続いていた。

 そこで去年から今年にかけてWAC社から七巻(図録年表を入れて全八巻)を出していただいた。現代において浩瀚(こうかん)な日本史は珍しくない。しかしそれに参加する執筆者は多数である。その個人の論文の価値は高くても必然的に「史観」は欠如している。ここで私は、尊敬するオーウェン・バーフィールドの指摘する「国史」と「史実」の研究の違いを思い出すのである。その主旨の大要は次のようなものである。

 「雨上がりの空には無数の細かな水滴がある。そこで美しい虹を見るためには、適当な方向と距離が必要である。歴史上の事実も毎日起こる無数の事件だ。その事件の一つ一つを調べても、その国の“国史”といえる国民の共通表象は生じない。それは水滴をいくら調べても虹にならないのと同じことだ」

 個々の歴史的事実についての丹念な研究は尊い。しかし、それだけでは国史という虹は生じない。無数の歴史的事実から自分の国の美質を示すのは史観である。無数の事実を見るための正しい視線の方向と距離が必要なのである。

 逆説的になるが、私は日本史の素人(しろうと)であるからそれができたと思う。私はイギリス国学史の重要な分野で、文献資料に関係する研究をやってきたので、日本史の学者の論考を見ても、その方法論や資料の用い方の正しさや不適切さは見抜くことができたと思う。

 一例を挙げれば、ごく最近のことになるが、女系天皇論について小林よしのり氏と論争したとき、彼の論拠となっていた田中卓氏(皇學館大学の学長もなさった日本古代史の権威とされている人)の論拠を、ことごとく文献的に論破するのに苦労はなかった。近代ヨーロッパの文献学は、聖書の原典研究が重要な推進力であったから極めて厳密である。一つの単語の解釈の差が、戦争や処刑の原因にもなったからだ。若い頃に西洋文献学の中核部に触れる研究の大家であったカール・シュナイダー先生にご指導いただいたことを今なお深い感謝の念をもって思い起こす次第である。

 また英語学を専攻した私の関心を、日本史にも結びつけてくださった中学・高校の英語の恩師佐藤順太先生にも改めて感謝の念を捧げたい。先生は日本の古典にも通じておられ、ご自宅にお伺いするたびに刺激を受けたものであった。ある日、散歩のお伴をして春日神社の前を通ったとき、「春日様(かすがさま)ってどんな神様なんでしょう」と、いたって幼稚な質問を私は口にした。春日神社のお祭りは郷里の町でも盛大で、子供のときから楽しみにしていたものだったが、それがどんな神様なのか考えたことがなかったのである。それが大学英文科の二年生頃にふと疑問として出たのであった。すると順太先生は即座に答えられた。
「アメノコヤネノミコトだよ。(あま)岩戸(いわと)の前で祝詞(のりと)をあげたといわれる神様で、藤原氏の先祖さ」

 このとき、「天の岩戸」という神話と、「藤原氏」という国史上の大勢力が、今も生きている形で結びついていることを実感したのである。これが私の日本史への関心の本格的な出発であったと思う。それから六十年も経つが、いつも日本史の文献は読み続けてきた。特にドイツに留学中の三年間は、日本学のカーロー先生のお手伝いをすることもあって、両部(りようぶ)神道に対する外国人学者の興味の視点を知らされたり、先生から知識の不足を馬鹿にされないように善之助先生の『日本文化史(七巻)』などを精読したりしたものだった。

 このようなことから、WAC社の鈴木隆一社長から、「日本の通史のようなものを七、八巻で書いてみませんか」といわれたとき、喜んでお引き受けしたのである。史実は無数にあるから、何を書くかより、何を書かないかという選択のほうが大変だった。ともかく一人で日本通史を書くということは、専門の日本史の学者はやりたがらないだろうと思われるが、私にとっては原勝郎(かつろう)先生以来の名誉ある仕事だと思われたのである。

 通史には史観が要る。虹を見るには特定の視線が必要なように。私の日本史観の特徴といえるものは次の二点ではないかと思う。

 第一は、王朝の断絶がない日本では、神話の伝承は歴史研究から切り離せない。

 第二は、日本の国体(国の体質、英語ではコンスティテューション)は、断絶したことはないが、大きな変化は五回あり、今は六回目の変化を待っている時代である。

 つまり日本の歴史上の無数の事件を、この二つの視点──さらに簡単にいえば皇室のあり方の変化という一つの視点──から目をそらすことなく解釈しようとしたものである。

 WAC社の七巻が完成する頃、育鵬社の歴史教科書『新しい日本の歴史』にも参考意見を述べるように頼まれた。そのとき私は、「国史という美しい虹が見えるようなものを作ってください」とお願いした。特に取り上げてお願いしたことは、東京裁判の全権所有者で、日本を裁く側の頭目(とうもく)であったマッカーサーが、帰国後、アメリカ上院の軍事外交合同委員会という最も公的な場所で「したがって彼ら(日本人)が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障(自衛)の必要に迫られてのことだったのです(Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security)」(小堀桂一郎編『東京裁判日本の弁明』講談社学術文庫より)と証言したことを、コラムのように囲んで教科書に入れてほしいということだった。

 しかし文科省の教科書調査官は、これを許さないのだという。しかし日本を侵略国と公式に断定したのは東京裁判だけである。その裁判をやらせた最高責任者が、「あれは自衛戦だったのだ」と公的な場所で証言してくれたのである。これは「意見」でなく「史実」、しかも戦後の日本における最重要な史実なのであるからこれを掲載させないのは不思議である。()いて善意に解釈するならば、このマッカーサーの文言を育鵬社の教科書が入れると、他社の歴史の教科書がすべてボロクズになることを、文科省の教科書調査官は心配してあげたのであろう。

 しかし、すべての日本国民は、今後も日本史の教科書にはマッカーサーのこの証言を入れることを休むことなく要求し続けるべきだと思う。

 日本史に対する私の史観は、相当詳しい史実とともにWAC社の八巻に収録してある。しかし、私には一冊本の通史がないので、育鵬社の歴史教科書『新しい日本の歴史』の副読本、いわば“大人のための歴史教科書”ともなる形で出版したいというお話をいただいたので、ここにまとめた次第である。日本史の大きな流れを知り、そのエッセンスを学びたいという読者の方々には、格好のテキストともなろう。さらに詳しい内容については、WAC社で刊行した通史に述べているので、興味を持たれた事項については、WAC社本をお読みいただければ有り難いと思う。

 本書の企画を立て、編集を担当してくださった育鵬社の大越昌宏氏に感謝いたします。


 平成二十三年六月朔日
渡部昇一 
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