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なぜ東京五輪招致は成功したのか?
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ルポ・エッセイ
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1【雨のローザンヌ】

『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』
[著]松瀬学 [発行]扶桑社


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「ロビー活動を制する者が勝負を制する」

 もはや国際的なスポーツ政治の場では、グラウンド外の闘いともいえる“ロビー活動”が常識となっている。

 2013年7月2日火曜日、夜10時半。スイスの「オリンピックキャピタル」と称される古都・ローザンヌにある1915年築の5つ星ホテル、「ローザンヌ・パレスホテル」。そのロビーには数十人のスポーツ関係者が入り乱れていた。まさに「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」たるミステリアスな世界が広がる。

 ローザンヌには、1917年以来、国際オリンピック委員会(IOC)の本部が置かれている。レマン湖を望む、小高い丘にあるこの高級ホテルが、IOC委員の定宿となっている。フロント前のバレーボールコートぐらいの広さのカフェ、奥にはこげ茶色のバーカウンターが延びる。茶色の低いテーブルが8つ。正面入り口から入ると右手奥にはフットサルコートぐらいの広さの薄暗いバーもある。

 ホテルの正面玄関そばの角には、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会の水野正人専務理事がにこやかな笑顔で立っている。1943年生まれの元ミズノ代表取締役会長。アメリカの大学の留学経験もあり、英語は堪能で、気さくな人柄で知られる。ちょっと太めの体つきで、整った目鼻立ちも、どこか愛嬌がある。

 東京招致委員会のキーパーソン、竹田恒和理事長の姿も見える。彼は1947年生まれの日本オリンピック委員会(JOC)会長。旧皇族の竹田恒徳(つねよし)元IOC理事の三男。1972年ミュンヘン五輪、1976年モントリオール五輪の馬術日本代表でもある。2012年のロンドン五輪の直前、IOC委員となった。温厚にして柔和な語り口や立ち居振る舞いから品の良さがにじむ。こちらも顔見知りのIOC委員がくれば、エレガントな笑顔を浮かべて言葉を交わす。

 さらにはイスタンブール(トルコ)やマドリード(スペイン)の招致関係者、3都市と契約したコンサルタントも加わり、互いに笑顔で握手を交わし、あっちでコソコソ、こっちでコソコソのナイショ話に花が咲く。

 この日はパーティーがあったらしく、IOC委員が次から次へとホテルに戻ってくる。日本人メディアもちらほら見える。IOC委員に近づけば、まずチラッと左の胸元をさりげなく一瞥される。どの都市の関係者なのかを確認するためである。

 東京招致委のピンバッジを着けているけれど、筆者はメディアである。誤解を避けるために「ジャパニーズ・メディア」と名乗れば、ほとんどのIOC委員が「ソーリー。アイ・アム・ビジー」とやんわりとかわされる。おそらくIOC担当のベテラン記者だと対応も違うのだろうが…。

 やわらかい物腰のIOC委員たちの動きのなかで、かつて棒高跳びで世界記録を連発した「鳥人」セルゲイ・ブブカの激しい動きが際立っていた。時に棒高跳びのようにロビーを飛びまわり、時にバーラウンジでIOC委員と額を突き合わせるようにして話し込む。49歳ながら、ブブカは国際陸上連盟の副会長、ウクライナ・オリンピック委員会会長、IOC理事を務める。ロゲIOC会長の後任を選ぶ9月のIOC会長選に立候補しており、彼のターゲットは自身の会長選に向けての運動なのである。

 思い切ってブブカに声をかければ、意外にも立ち止まって、こちらの乱暴な質問に律義に答えてくれた。
「2020年五輪招致レースをどう見ますか?」
「どこも素晴らしい」
「3つの都市でベストは?」
「ははは。その質問には答えられない」

 そう言うやいなや、もう違うIOC委員のところに飛んでいった。今回、6人の会長候補の中では一番若いブブカ。当選する可能性は低いだろうが、183センチのからだ全体からあふれ出る野心と情熱は格別である。

 9月のIOC総会では会長選出と五輪追加競技の決定、2020年五輪パラリンピック開催都市選考と、3つの大きなテーマがある。どれもロビー活動が活発化している。もっとも、こういう人目につく場でのロビー活動では票にはつながらない。でも、やらないとマイナスになる。ある五輪関係者がボソッと漏らす。
「ま、これは“参加賞”みたいなものです」

招致プレゼンは完璧という都知事の自信

 翌日、7月3日の水曜日。ローザンヌは雨だった。招致レースの大一番、IOC臨時総会のなかで「テクニカル・ブリーフィング」(開催計画説明会)が行われた。100人中86人のIOC委員が出席した。

 まずイスタンブール、続いて東京の順である。東京五輪招致委は猪瀬都知事のほか、竹田理事長やIOC公用語の一つ、フランス語にも堪能なフリーアナウンサーの滝川クリステル、クレー射撃の元五輪選手でもある麻生太郎副総理を起用。IOC委員全体に対し、動画も使いながら、財政面の不安がない「安全・安心」な五輪を訴えた。

 終了後、猪瀬知事は満面の笑みを浮かべた。1946年生まれの彼は東京2020オリンピック・パラリンピック招致委会長で、ご承知のとおり作家でもある。言語明瞭ながら、挑戦的なモノ言いゆえ、時に誤解を招くことがある。目元に知性と野心がのぞく。どちらかといえば、感情が表に出るタイプかもしれない。
「大変、プレゼンテーションはよくできた。ミスが一つもなかった。完璧だった。東京の魅力を十分に伝えることができたと思う」

 余談を言えば、プレゼンターはイギリス人トレーナーの指導のもと、言葉の抑揚や振り付けの練習を重ねる。笑い方、口の動かし方、視線の置き方まで。もちろん内容もとことん練る。猪瀬知事ともなれば、囲み取材に関しても、コンサルタントからアドバイスを受けることになる。

 こんなことがあった。ローザンヌのプレゼン会場入りの囲み取材のときだった。数台のテレビカメラと数十人のメディアがビルの入り口で待っていた。広報担当者が壁側のスペースを準備していたら、猪瀬知事は「壁の前じゃないところでやろう」と場所を移動させ、ロビーの中ほどでやることになった。

 組織委員会関係者がそっと教えてくれた。「これもコンサルタントの助言なのです」と。インタビューの際、テレビの画面に壁の案内標識や文字板が入ると、いらぬ誤解を受けることになる。外国の某政治家の場合、テレビのインタビューを出口近くでやったため、「EXIT」の文字が政治家の頭の上に映り、やがて失脚することになったという。そんなことになれば、縁起が悪いというのである。慎重というか、これもイメージ戦略のひとつか。

五輪運動の継続性と国の支援をアピール

 テクニカル・ブリーフィングはメディア非公開だった。各都市のプレゼンの持ち時間は45分間。今回の勝負どころは、そのプレゼンに続く45分間の予定のIOCからの質疑応答だった。

 だが、質問はたったの5つ。予定より20分早い25分間ほどで終わった。メディアは出席不可の非公開ながら、入国管理(朝鮮民主主義人民共和国に対するビザ問題)、組織委員会とJOCの役割分担、報道の自由の担保、IOC委員の家族へのサービス、輸送関係――についての質問だった。

 震災の影響に関する質問はなかった。前回2016年招致の際の質問が「20ぐらい」あったというから、質問の少なさは開催計画の精度の高さの証しとみていい。前回はこの場で招致委側が返答に困り、つまずいた。でも今回は約100に及ぶ想定問答を準備し、対応に万全を期していたそうだ。


 4年前の2016年招致時と今回の招致プレゼンの違いは「継続性」と「国の支援」である。4年前は全員が初めての招致活動だった。だが今回は4年前から引き続き、プレゼンターに竹田理事長がいる。回答の応援役として、河野一郎、荒木田裕子の両招致委理事も壇上にのぼった。

 河野理事は2016年招致の際の事務総長、荒木田理事も最終プレゼンターだった。河野理事はこの日、10人以上のIOC委員から、「なぜ、あなたがプレゼンターをしないのか?」と聞かれたそうだ。

 河野理事が相好を崩し、小声で教えてくれた。
「私は何か質問があったとき、説明をさせてもらうのだ、と答えました。結局、壇上でしゃべらなかったけれど、私が座っているのはわかるわけです。私が言うのはおかしいけれど、IOC委員はすごく安心しているんですよ。ほかの都市なら、負けると、たぶんクビじゃないですか。私は招致委に残って、協力しているわけです。私がいなくなるということは、IOCとしては、オリンピック・ムーブメント(五輪運動)に協力する人間をなくしていくということじゃないですか。私がいるということは、日本はそういう深さがあると見られていると思いました」

 つまり、五輪運動においても、「継続は力」なのである。さらにもうひとつ、「国の支援」である。これは4年前とは大きく違う。4年前は自民党政権から民主党政権に代わる政治の激動期だった。政局のあおりを受け、4年前の同じ時期のテクニカル・ブリーフィングには閣僚や政府の役人は誰も参加しなかった。

 だが、今回は麻生副総理が招致プレゼンに出席し、スピーチした。これはスポーツ基本法があることもあろう。自民党政権は安定し、政府の代表が来て、国の支援をギャランティしたのだ。いわば4年前のリオデジャネイロ組織委と同じような状況といっていい。その国の政治の安定は招致活動にとっては大事なことである。今回は、国のバックアップがIOC委員に見えている。

 今回のプレゼンで、もっともインパクトを与えたのは、麻生副総理の発展途上国のスポーツ支援策「スポーツ・フォー・トゥモロー」の表明だった。途上国におけるスポーツ文化の育成を支援しようという構想で、外務省と文部科学省が協力してスポーツ道具を贈るほか、海外に派遣する指導者を倍増させる。世界反ドーピング機関への支援強化、国際スポーツ界の次世代リーダーを育成する国際スポーツアカデミー設立などを行うとしている。

 麻生副総理は会見で説明した。
「(道具に)カネがかかるという問題で、スポーツができない人がいる。そういった人たちには道具を贈りたい」

 まだ予算がついていないからだろう、明確な説明をするまでには至らなかった。日本はこれまで、政府開発援助(ODA)や国際協力機構(JICA)の活動として、途上国に対し、スポーツ用品の提供や指導者の派遣をしてきた。この活動を発展させることにより、その貢献を世界の人々に見えるカタチにしようという狙いである。

 もちろん、IOC委員の票を意識したものであろう。これも、財務省や外務省、文科省をまとめることができる麻生副総理がいればこそだった。麻生副総理が言うから、説得力が増すのだ。

 そういえば、麻生副総理は会見で国内外の記者を爆笑させた。まずは英語で「同時通訳のイヤホンを外せば、私の日本語が聞けます」と笑わせ、日本語で質問に答えた。

 ロビー活動についての質問には「ドーピング(禁止薬物使用)」と聞き違え、途中で気づいて自身も大笑いし、こう続けた。
「ロビーイングの手応えね。政治家やって、そんなことばっかりやっているので、ほかの条約交渉と比べると大したことはないと思う。でも4年前と比べるとすごいんじゃない」

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