国際オリンピック委員会(IOC)を取材して約20年という読売新聞編集委員の結城和香子には日本の人々に伝えたいことがある。
『2020年五輪招致 3都市の評価』というテーマで、テレビに出演した際、「エディターズ・ノート」というまとめで、結城は白いボードをテーブルの上に出した。A4判ノート2つ分のサイズ。そこには赤字で〈2020〉、黒いマジックペンではこう書かれていた。カラフルな五輪マークと動物のイラスト付きで。
〈スポーツの力 社会に生かそう!!〉
テレビでの白いボードの話を持ち出せば、上品な笑みをたたえつつ、結城は穏やかな口調で説明する。
「招致をせっかくやるんだったら、そのビジョンを含めて、みんなでスポーツを社会に生かすため、どういう方向に持っていくのかを考えないと困るのです。困るって、変な言い方ですけど、してもらいたいなと思いながら、今回の招致を見ています」
出演を思い出し、くすりと小さく笑う。
「初めてボードに落書きをした人と言われましたけど…。スポーツの力を社会に生かしてほしい。私の思いは、そういうことです」
東日本大震災で意識が変わる
どちらかといえば、結城は2016年東京五輪招致の際、取材姿勢がネガティブだったような気がする。でも、2020年東京五輪招致では少し変わった。2011年3月11日、「東日本大震災」があったからである。
震災の後、結城は無力感をもった。何度も自問自答した。自分に何ができるのか、何をやればいいのか、と。
「私はスポーツジャーナリストだから、スポーツを通じて、被災地とか、日本の未来とか、より良くすることができるのじゃないかと考えながら、記事を書きたいと思いました。