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歴史人物から読み解く世界史の謎
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歴史
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サン・テグジュペリ(一九〇〇〜一九四四年)

『歴史人物から読み解く世界史の謎』
[編]歴史のふしぎを探る会 [発行]扶桑社


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   フランスの小説家、飛行士。一九二〇年、兵役について飛行士となる。除隊後に航空郵便の飛行士となり、その体験をもとに書いた『夜間飛行』で作家として成功する。パリがドイツに占領されると、アメリカに亡命し、一九四三年に『星の王子様』を出版。ヨーロッパに戻って、偵察飛行のためコルシカ島から飛び立つが、北アフリカ上空で行方不明となった。


 飛行中に行方不明になった飛行機乗り作家の消息

◆六〇年後に発見された機体

 第二次世界大戦さなかの一九四四年七月三一日八時三〇分、サン・テグジュペリはコルシカ島の連合軍基地から一人乗りのロッキードP38改造型機で飛び立った。一万メートル上空から、敵に占領されているリヨン東部を撮影するためである。

 だが彼は、予定時刻の一二時三〇分をすぎても戻らなかった。燃料は六時間で尽きるはずなのに……。結局、午後三時に「操縦士、行方不明と推定される」と報告された。

 一年後にようやく追悼のミサがあげられ、一九四八年には、彼が祖国のために名誉ある死を遂げたと正式に認められた。しかし、サン・テグジュペリを乗せた戦闘機は依然として見つかっておらず、ドイツ軍に撃墜されたという説や、あるいは墜落したのではと推測されてきた。

 この謎をひも解くきっかけは、五〇年以上あとになってから訪れた。

 一九九八年、地中海のマルセイユ沖でトロール船に乗っていた漁師が、サン・テグジュペリと妻の名前の一部が彫られた銀のブレスレットを発見した。これがサン・テグジュペリの遺品かどうか真偽が問われたが、この発見により、サン・テグジュペリの搭乗機捜索の熱が高まった。

 そして二〇〇〇年に、ついに搭乗機とみられる機体の一部が、マルセイユの南東約一〇キロ、水深約七〇メートルの地点で見つかる。周辺の海域がトロール船の漁場だったため、機体の残骸は網にかかって広い範囲に散乱していた。

 二〇〇三年に、フランス文化省海底考古学調査局から正式に許可を受けた海底調査会社が、引き上げ作業をおこなった。そして、左胴体のエンジンカバーに、「L2734」の文字が刻印されているのを発見したのである。これは、サン・テグジュペリが搭乗していたロッキードP38の識別番号である。

 二〇〇四年に、フランス文化省は、ここがサン・テグジュペリの墜落地点であると正式に発表した。行方不明になってから、六〇年後のことである。

◆生きることを望まなかった

 発見された機体に襲撃されたあとは見当たらず、プロペラにも損傷はなかった。機体は、ほぼ垂直になって、時速六〇〇キロ以上の高速で海に墜落したとみられる。サン・テグジュペリの搭乗機は、なぜ突然墜落したのか。

 じつはサン・テグジュペリは、生きることを望んでいなかったのかもしれないという意見もある。ふだんから「死んでも後悔はない」「死んでもかまわない」と頻繁に口にしており、手紙にもそう書いていた。雑誌のインタビューで望ましい死に方を訊ねられ、「水死」と答えたこともある。また、行方不明になった数日前には、友人にチェスのセットを譲り、「また別の星で使おう」と言っている。

 そもそも、パイロットで小説家という華やかさとは裏腹に、彼の人生は喜びに満ちたものではなかった。人づきあいが苦手で、飛行士になるまでは職を転々としていた。婚約者には見放され、作家となってから南米で知り合った女性と結婚したものの、夫婦仲はよくなかった。金銭感覚に乏しく、借金に追われ、中傷されることも多かった。

 そもそも、いったんはアメリカに亡命し、兵役免除を受ける資格もあったのに、わざわざ戦いの続くヨーロッパに舞い戻ってきたのはなぜだろう?

 サン・テグジュペリは、サイゴンまでの長距離飛行記録に挑み、リビア砂漠で墜落したことがある。また、アメリカ大陸横断飛行を試みてグアテマラで離陸に失敗し、重症を負ったこともある。生前のサン・テグジュペリは、生きることへの執着があまり見られず、死に急いでいるかのようにも見えるのだ。

 また、事故の後遺症で左肩が不自由で、その状態では当時の飛行機の風防ガラスは開けられないはずだ。そうなると、いざというときにもパラシュートでの脱出は不可能である。これでは、行方不明になった当初から、自殺説がささやかれるのも無理はない。

 だが彼は、行方不明になる少し前、知り合いの子どもたちに、「今度は『星の王女様』というお話を書いてあげるよ」と約束したという。世界の多くの人々が、その約束を守ってほしかったと思っているにちがいない。

 
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