たとえば、「白河の処置」――白河を奥羽越列藩同盟の、絶対防衛の要と考え、会津・仙台・二本松の諸藩が大挙出動するとあり、あわせて会津は田島・日光口から関東に出撃して、旧幕府陸軍とともに宇都宮を奪回し、江戸に進攻するとある。
が、その具体案が皆目、示されていなかった。兵站に関する覚書もない。これでは現実的な戦術とはいえず、願望、夢の中のプランといわれても致し方なかったろう。
さらに、「庄内の処置」については、庄内と米沢の両藩が担当し、奥羽鎮撫総督の澤副総督を米沢に迎えて、ここにも錦の御旗を立てる、とあった。