翌明治九年一月二日、八重は洗礼を受け、翌三日に日本最初のキリスト教の結婚式をあげている。新郎は三十四歳、新婦は三十二歳であった。
新島がたっての願いとして、クリスチャンになってほしい、と八重に懇願したのであろう。婚約から三ヵ月、果たして彼女に敬虔なクリスチャンの信仰心が育っていたかどうか。
しかしこのとき、八重は手作りのドレスに身をまとったという。
挙式の当日、式場となったデイビス宅から人力車に相乗りし、帰宅した二人は、日頃の車銭=五銭の倍を支払ったと伝えられている(二人の新居が寺町丸太町上ル松陰町に完成したのは明治十一年九月七日のこと)。