――木城芳子、雅名を花野と称した女性が、幕末・明治を生きた。
夫の木城安太郎は幕臣であり、無役の小普請組から刻苦して、槍一筋で講武所世話心得となっている。両御番格御書院番に進み、奥詰、御小納戸役と順調に出世、ついには千俵取りの御城御目付に抜擢された。この年、安太郎は四十五歳、花野四十二歳。
もし、世が泰平であったなら、二人は平凡な幕臣の夫婦として、それなりに恵まれた平穏な生涯をおくったに違いない。ところが安太郎が目付となった三年後、突如、二人の人生は大きく変転する。正確には慶応四年(一八六八)正月三日、鳥羽・伏見の戦いがはじまった。