アメリカで十一年の留学生活を終え、日本に帰国した三人――日本初の女子留学生は十九歳の津田梅子と二十歳の永井(のち瓜生)繁子、二十三歳の山川(のち大山)捨松の三人であった(永井のみ、少し早い帰国)。
明治四年(一八七一)、北海道の開拓を一手に任されていた、北海道開拓使次官・黒田清隆(薩摩藩出身)は、この年の正月、アメリカに渡り、西部開拓について学ぶとともに、農務局長のケプロンを顧問に招いたのをはじめ、すぐれた技術者の招聘につとめた。
このとき、渡米目的以外に、黒田の目に留まったのが、アメリカ女性の教養、社会的地位の高さであった。