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なぜ日本の教育は間違うのか
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教育
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■エリートをいかにつくるか

『なぜ日本の教育は間違うのか』
[著]森口朗 [発行]扶桑社


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 臨教審に始まる教育改革の目的にエリートの育成があったことは、間違いありません。それは、臨教審答申が出る少し前に臨教審の主要メンバーである岡本道雄氏(臨教審会長)、石川忠雄氏(臨教審会長代理)、石井威望氏(臨教審第2部会長)などが編集に携わった報告書『21世紀に向けて教育を考える』(1985年日本経済調査協議会)に明確に書かれています。
「(階級型ヨーロッパ社会と比較して)日本の社会はそれとは異なり、エリート集団の範囲、輪郭が比較的曖昧で、競争を通じて参入する道がいわば万人に開かれている。」「しかし日本型のエリートには依然として次のような問題点があることを指摘しておかなければならない。それは、日本のエリートがあくまでも日本型の社会システムにおける競争の勝者にすぎず、国際的に通用する個人としての『強さ』をかならずしも備えていないこと、およびエリートに不可欠な育ちのよさと古典的教養という点で見劣りがすることである。」

 このような認識の下、エリート育成を目指し失敗に終わったのが「ゆとり教育」であるならば、これから日本の学校をどうするかを考える場合、単にゆとり教育から脱却して、教科書を分厚くし、授業時間を増やし、全体のレベルアップを図るだけでは事足りません。世界に伍していけるエリートをどのように育成するか、という問題は今も我々に突きつけられているのです。
「ゆとり教育」導入による事実上の複線型(私立小中高エリートコースと公立小中高大衆コースの分離)が誤答だったとすれば、思考順序としては「臨教審路線は不徹底だったから失敗した」と考えてもっと明確な複線型を目指すか、あるいは「複線型は戦後の日本社会に合わなかった」と考え単線型のままで有能な指導層を輩出できる方法を考えるかのどちらかです。

 
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