第2章において、大阪の教育改革は大阪府立和泉高校長である中原氏が主張する
(1)日本人がアメリカ人なりに疎ましく思われるほどの英語力をつけること
(2)宗教、文化、言語の違う人間とのコミュニケーションを図れること
(3)日本人としての誇りを取り戻すこと
を軸に進むだろうと予測しました。
もちろん、大阪だけでなく日本全体の教育についても、その方向で進むことが最善の道です。(1)の方法論についての私見は第3章で述べたとおりです。本章では(2)を実現するための方策を考えてみましょう。結論から先に言いますと、わが国に流布されているいびつな人権概念を是正し、人権教育を根本から改めることです[ちなみに(3)については共産主義者を徹底的に排除することが不可欠、それについては次章で詳論しました]。
平成12年に「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が制定され、それまで関西など一部の地域にかぎられていた人権教育が日本中の学校で行われるようになり、同時に官公庁や企業の研修にも人権研修が取り入れられるようになりました。
21世紀は人権の世紀であるともいわれ、現代において人権は、民主主義と並んでもっとも重要な概念です。その人権を全国すべての学校で教えようというのですから、それで学校が悪くなるはずがない。そう考えるのが常識です。ところが、現実はそう単純にはいきませんでした。法律を制定し、学校で人権教育を義務づけて11年。その間に学校が良くなったという話はまったく聞こえてきません。
この11年間に教育界で何が起きたかを思い出してみましょう。いじめを理由とする連鎖的な自殺、モンスターペアレンツという言葉が生まれ、教員の精神疾患が増え、子どもの学力は下がりました。なぜ、そんなことになるのでしょう。それは、日本の「人権」概念が根本的に間違っているからです。表面的には世界中で使用されている人権概念と似ていますが、両者は似て非なるものです。本章では、それを解き明かし、本当の人権教育を進めるためにはどうすればよいかを考えてみたいと思います。