読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1069727
0
敗戦後遺症を乗り越えて
2
0
0
0
0
0
0
政治・社会
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
GHQによる占領政策

『敗戦後遺症を乗り越えて』
[著]渡部昇一 [著] 伊藤隆  他 [発行]扶桑社


読了目安時間:27分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

高橋史朗   

text by Shiro Takahashi


「義眼」をはめ込まれた日本



 尾崎一雄の小説『虫のいろいろ』に「(のみ)の曲芸」という興味深い話が書かれている。蚤を小さな丸いガラスの中に入れると跳ね回るが、やがて硬いガラスの壁に阻まれて跳ねることに絶望し、跳ぶことをやめ、ガラスの玉から取り出してももう蚤は跳ぼうとはしない。曲芸師たちはそこまで仕込んだ後で、蚤に芸を教えて舞台に立たせるのだという。


 まさに戦後の日本人は、敗戦直後の占領というガラスの玉から抜け出したはずなのに、ガラスの玉の中で生きていた時の習性が身に付いてしまって自分で跳ぶことができなくなり、目に見えない占領軍の目を意識して「自己検閲」するようになってしまった。


 戦後教育・思想の「敗戦後遺症」はすべてこの占領軍にはめ込まれた「義眼」による(おび)えのような意識から生まれてきている。占領軍も蚤の曲芸師のように、もう跳ぼうとはしないことを見届けて占領統治を終えたのである。


 文芸評論家の江藤淳は『閉された言語空間』(文春文庫)において、占領軍検閲によって戦後の日本人は自分の生きた目を(えぐ)り取られて「占領軍の目」という義眼をはめ込まれたと指摘しているが、この義眼が戦後70年たった今もなお、日本のジャーナリズム、言論界、教育界を動かし、「従軍慰安婦」と「南京虐殺」をめぐる対日非難の国際的包囲網を形成して、日本国民と日本政府を怯えさせている。


GHQに屈服した朝日新聞



 戦後の朝日新聞の変節が見事にそのことを示している。昭和20(1945)年8月15日付の朝日新聞は「玉砂利握りしめつつ宮殿を拝しただ涙」(一記者謹記)と題する記事で、天皇を「大君」「聖上」と表現し、「英霊よ許せ」「天皇陛下に申し訳ありません」と強調した。


 翌日の朝日新聞も「一記者謹記」として、皇居前広場の光景をこう伝えた。「広場の柵をつかまえ泣き叫んでいる少女があった。日本人である。みんな日本人である。……大御心を奉戴し、苦難の生活に突進せんとする民草の声である。日本民族は敗れはしなかった。」


 この朝日新聞が反日の論調に一変したのは、アメリカの原爆投下は「国際法違反、戦争犯罪である」と批判した鳩山一郎氏の談話(9月15日)と、米兵の犯罪を批判した解説記事(同17日)が占領軍の逆鱗に触れて、2日後に発行停止処分を受けたからである。同日に禁止事項を厳格に列記したプレス・コードが通達され、露骨な言論統制が始まった。


 山本武利『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』によれば、当時の朝日新聞首脳は言論の自由より経営を選び、発行停止処分を避けるために「自己検閲」システムを強化し、昭和21年の社員名簿には東京本社だけで7人も検閲課員がいて、その一人がGHQのCCD(民間検閲支隊)の中のPPB(プレス・映画・放送部)に日参し、「検閲に出す記事が通るかどうかいつも心配です。事前検閲は『朝日新聞』にとって大変良いことです」と述べていることが在米占領文書によって明らかになった。


 朝日新聞社の嘉治隆一出版局長が昭和23年9月の社報で部下に警告した次の文章には「自己検閲」という言葉が2回使われている。

「事後検閲は形式的に無検閲のように見えるが、実質的には自己検閲ということになったわけだ。自分の心に自分の呼び鈴をつけて、いつの世にも個人の自由に一定の限度のある事実を明記する必要があろう……各自の心に検閲制度を設けることを忘れるならば、人災は忽ちにして至るであろう。事後検閲は考えようによれば、自己検閲に他ならぬわけである。」


 こうして、朝日新聞は占領政策に全面的に屈服するに至ったのである。江藤淳はこの朝日の転向ぶりについて、『忘れたことと忘れさせられたこと』(文春文庫)において、次のように結論づけている。

「『朝日』は8月23日には『親愛なる同胞諸君』の前に首を垂れて詫びていたが、1024日になると『残存する数多の残滓』を『破砕』していない『同胞』に先がけて、その非を『世界』に詫びるのだと主張している。これこそ文字通り180度の態度変更というほかない。」


 朝日新聞だけではない。毎日新聞東京本社検閲部も昭和22年末に「検閲の指針」という冊子を作成し、渡貫約検閲部長は「刊行のことば」で、「取材、整理の人に書ける範囲と書けない範囲の『検閲線』の大要を知ってもらいたい」と述べた。彼が社内コードを「検閲線」と表現した「社内検閲」は、前述した朝日新聞の嘉治出版局長の「各自の心に検閲制度を設ける」「自己検閲」と全く同じ意味合いである。(詳しくは山本武利氏の前掲書参照)


日本人の「精神的武装解除」



 昭和2111月末に占領軍はのような検閲指針をまとめ、祖国を裏切った5000人に及ぶ日本人検閲官によって、「占領軍の眼」が戦後の日本人に深く浸透していった。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:11071文字/本文:13073文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次