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・お江戸の町は「八百八町」にあらず、倍の千六百町もあった!

『時代劇をみるのがおもしろくなる本』
[編]歴史のふしぎを探る会 [発行]扶桑社


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 テレビ時代劇の銭形平次の主題歌でも「花のお江戸は八百八町(はっぴゃくやちょう)〜」と歌われた「八百八町」。これは江戸の町数が多いことを意味する言葉だが、では江戸の町数は一体いくつあったのだろうか。

 多めに表現して八百なのかと思いきや、江戸末期にはなんと八百八町の倍、千六百以上の町があったというから驚きだ。

 といっても当初からそれだけの町数が存在していたわけではなく、江戸が飛躍的な拡大発展を遂げた結果の数字である。

 家康が十六世紀後半に武蔵(むさし)に入国したときには、わずか百軒あまりの民家しかなかった。

 太田道灌(おおたどうかん)が十五世紀に江戸城を築城してからは市も立つようになっていたとはいえ、まだまだ寂しかった江戸の開発に家康は着手し、江戸時代初期には江戸城を中心にした八キロ四方に三百余りの町が広がった。これを今でいう旧市内のように「古町(こちょう)」と呼んだが、神田、日本橋、芝あたりがその区域だった。

 江戸湾の埋め立てなどの開発も随時行なわれていたが、一気に開発が進んだのは十七世紀半ば、江戸の六割以上が消失したとされる明暦の大火以降である。防火対策も含めて復興・開発が進められ、江戸の周辺、街道沿いにどんどん市街地が拡大した。現実に町数が八百八町に膨れ上がったのは、江戸初期の一六五八(万治(まんじ)元)年頃だった。

 これ以降も江戸は拡大し続ける。

 十八世紀に入ると町は深川(ふかがわ)浅草(あさくさ)麻布(あざぶ)などの代官支配地も加え九百を超え、十八世紀半ばに多くの寺社門前町も入れてついに千六百以上。八百八町の倍となり、以降ほぼその数で推移していったのである。

 集落と呼んでもいいような百軒ほどの町から、千六百以上もの町を抱える都市へと大発展を遂げた江戸。家康が入国してからわずか二百年での急成長だった。

 では「八百八町」という数はどこから来たのかというと、これは「町がたくさんありますよ」という意味で、具体的な町の数を表わしているわけではない。古来、日本では多数を意味するために「八」を用いた。「八」「八十」「八百」が多い状態を表わし、そのうえ漢字の形が末広がりで縁起がいいとされたため、具体的な数と無関係に使われることがあったのだ。

 
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