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(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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終わりのない歌
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くらし
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序 章 来訪者

『終わりのない歌』
[著]奥野敦士 [発行]_双葉社


読了目安時間:9分
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 よく晴れた日の午後、ドアを開けて桜井君が俺の部屋に入ってきた。

「こんにちは。初めまして」


 ちょっとはにかんだような笑顔。


 ああ、テレビで見るまんまだなあ。


 Mr.Childrenの桜井和寿君が、俺の暮らす群馬県の障害者施設にわざわざ会いに来てくれた。


 彼とはまったくの初対面だ。彼らのヒット曲はもちろん知っているけど、俺は彼らのバンドについて詳しくない。ちゃんとアルバムを聴いたことがなかったから。


 でもね、ミュージシャンは音楽の話をしたらすぐに打ち解けられる。


 桜井君とも早速、音楽談義になった。


 ミスチルのメンバーはROGUE(ローグ)をずっと聴いていたという。嬉しかったね。


 俺は、何がびっくりしたって彼らが高校の同級生で結成して、ずっと同じメンバーでやっていること。思わず桜井君に言ったよ。

「高校から同じメンバーってすごいね。ローグはデビュー前に何回もメンバーチェンジしてるし、デビューして5年で解散しちゃった。どうしたらそんなに長く続くの?」


 桜井君、ちょっと困った顔をしながら、ニコッと笑った。


 俺、ピンと来たよ。

「ああ、この笑顔に女の子は惚れちゃうんだなあ」


 さすがに本人には言えなかったけどね(笑)。


 桜井君は、過去のap bank fesのDVDと、今回のBank Bandのリハーサルを収めたCDを持ってきてくれた。


 そして、丁寧に説明してくれたよ。


 ap bank fesは今年で8回目になること。今年はつま恋、淡路島、みちのくの3カ所で開催すること。そして、Bank Bandはいろんなミュージシャンと共演して、いっぱい集まったオーディエンスに“絆”を見せたいんです、って。


 桜井君が真っ直ぐに俺の目を見た。

「ぜひ、奥野さんに出演していただきたいんです」


 ある時、ふとローグのことが浮かびました、と桜井君は言う。

「僕ら、ローグの『終わりのない歌』が大好きなんです。高校生の頃、よく歌っていたんですよ」


 二十数年前によく歌っていた『終わりのない歌』を桜井君はap bank fesで歌うことを考えて、ネットで検索してみたそうだ。


 そうしたら、思いがけない映像が飛び込んできた。


 俺が車イスに座って『ワンダフル・ワールド』を歌っている。


 桜井君はびっくりした。


 彼が持っていたイメージは、俺がローグのヴォーカリストとしてステージを走り回りながら歌っている姿だった。でも、現在の俺は車イスの上で体を揺すって歌っている。


 そうして、俺の現状を知ったそうだ。

「とても感動しました」


 桜井君の口調が熱を帯びてきた。

「今年は宮城でも開催するんです。震災からの復興のこともあるし、奥野さんが笑顔で頑張っている姿を見たら、みんなを勇気づけられるんじゃないか、と思ったんです」


 そして、桜井君から「デュエットをしたいんです」と提案された。


 桜井君が考えているのは二つの曲だった。

『ワンダフル・ワールド』

『終わりのない歌』


 俺にとってはどちらも特別な意味を持つ大事な曲だ。


 何万人というオーディエンスの前で歌えたら最高だろうな……。


 2008年9月11日、俺は高さ7メートルの屋根から転落して、脊髄損傷(頸髄損傷)の大怪我をした。


 命は助かった。脳にダメージもなかった。しかし、頸髄を損傷してしまったために、それ以来、胸から下はマヒした状態で感覚がない。


 生活は一変した。一人では何も出来なくなった。


 最初は絶望した。死も考えた。


 だけど、少しずつ現実を受け入れて「この体でも出来ること」に目を向けた。


 俺に出来ることは何だろう……。


 ミュージシャンの生命線である指が動かない。楽器は出来ない。


 だけど、声は出せる。


 よし、歌おう。


 それ以来、歌が俺にとっての希望となった。


 怪我から2年間、懸命にリハビリに取り組み、歌の練習をした。


 初めは大変だった。全身を使って出していた声を、上半身だけでどうやって出すか。俺はこの体に合った歌い方を模索した。


 そして、ようやく俺の歌はみんなに聴いて貰えるレベルに達した。


 怪我で心配をかけたいろんな人に俺の歌を聴いて貰いたくて、リハビリの先生が構えるカメラの前でカラオケを歌って、映像をYouTubeにアップした。


 選んだ曲はルイ・アームストロングの代表曲『ワンダフル・ワールド』。大好きな曲で、ソロの時もよくステージで歌っていた曲だ。

《what a wonderful world》


 ああ、なんて世界は素晴らしいんだ。


 俺は魂を込めて歌った。

「『ワンダフル・ワールド』を歌いながら、途中で奥野さんが見せる笑顔がとってもよかったです」


 桜井君の言葉は照れくさかったけど、嬉しかった。

『終わりのない歌』にも特別な思いがある。


 奥野敦士としても、ローグというバンドにとっても、たくさんの思い出と思い入れの詰まった1曲だ。

『ワンダフル・ワールド』と『終わりのない歌』を桜井君と一緒にステージで歌い、それを何万人ものオーディエンスに聴いて貰えるのか……。


 心が少し動いた。


 だけど、俺が日々向き合っている「現実」は厳しいものがある。


 その頃、俺はお尻に蓐瘡(じょくそう=床ずれ)が出来ていて、寝たきりの状態がつづいていた。


 体を起こしたり、電動車イスに乗ったりすることが出来ないから、どうしても体力が落ちてしまう。


 真夏というのも俺にとっては厳しい時期だ。


 俺の体は、怪我によって自律神経がバカになっちゃってる。


 どんなに暑くても、自分で汗をかいて体温の調節をすることが出来ないから、炎天下の屋外にいたらすぐに熱中症になってしまう。


 ステージの袖からただ見ているだけなら、こまめに水分を補給したり、氷で体を冷やして貰ったりして何とかなると思う。


 だけど、ステージに上がったらどうなるだろう。


 ステージ上は灼熱地獄だ。屋根で直射日光を避けても、スポットライトが当たり、周囲を機材で囲まれたら、軽く40度は越えてしまう。


 桜井君とデュエットしてて、ふと見たら俺が車イスの上で気絶してた、っていうのはさすがにマズい……。


 桜井君にはその前にもオファーを貰っていた。


 俺は体調のことを考えて一度断っていた。

「出演のオファーはとっても嬉しいし、ありがたいです。でも、今の俺の体調では厳しいんだ。ごめんね」


 マネージャーを通して、桜井君にそう伝えて貰った。


 でも、彼は律儀なんだ。

「分かりました。でも一度、ご挨拶にはうかがいますね」


 そして、本当に群馬まで来てくれたんだ。

「顔を出したら、もしかしたらやる気になるかな?」って感じで、俺を口説きに来てくれたのかもしれない。


 それはそれで本当に嬉しいし、直に話したら気持ちはグラグラと揺れた。桜井君の読みは正しかった。


 だけど、怪我をしてから4年間、ずっとこの体と付き合ってきて「今の体調では厳しい」ということは分かりすぎるぐらい分かっている。

「ごめんね。やっぱり今の体調では厳しいんだ」


 桜井君も予想していたんだろう。それ以上は言わず、また音楽の話に戻った。


 1時間ぐらいいたのかな。

「では、ステージが終わったら、Bank Bandの映像を送りますね」


 そう言って、桜井君は帰っていった。


 俺のいる施設は、入居者と職員を合わせて100人ぐらいの人がいる。


 突然、ミスチルの桜井君が現れたら、施設中はさぞかし大騒ぎだったと思うよね。


 それが、誰ひとりとして桜井君に気づかなかったんだ。


 以前、埼玉県の所沢にある国立リハビリテーションセンターにいる時に、原田芳雄さんが見舞いに来てくれた時は病院中が大騒ぎになった。

「NHKのドラマに出てる人が来た!」


 芳雄さんは普段から物凄いオーラで、道端で見かけた人がみんな「あれ?」って振り返るぐらいだったから。


 でも、桜井君は違うんだ。普段はオーラを消せるみたい。


 特に変装もしないで、普通に半袖のTシャツ姿でマネージャーさんと一緒にやって来て、俺の部屋で話して、すっと帰っていった。


 それが6月24日。


 俺の48歳最後の日のことだ。


 桜井君が来てくれたことをブログで紹介したら反響が物凄かった。


 アクセス数は跳ね上がり、コメントも増えた。友達も驚いていた。


 ローグのドラム、竜(深沢靖明)なんて、

「ミスチルの桜井君!? ホントにわざわざ会いに来たの! へえ~、奥野って凄いヤツだったんだな~」


 そんなとこで感心するなよなあ。


 後日、桜井君からつま恋でのap bank fesの映像が送られてきた。


 まずオーディエンスに俺とローグのことを紹介してから『ワンダフル・ワールド』の俺の映像と桜井君がデュエットをする。


 俺の歌声だけを抜き出して、伴奏はBank Bandの生演奏だった。いい演出だったなあ。


 昔、U2を見に行ったら、ボノがステージから電話の向こうの人とデュエットしてね。大感動だった。ボノは距離という空間を超えて、桜井君は俺の過去の映像とデュエットして時間を超越したんだ。ライブでああいう演出を取り込むと世界観が広がっていいよ。


 続いて、桜井君がソロで歌った『終わりのない歌』は俺の想像を遥かに越えていた。


 素晴らしかったよ。


 思わず「上手いなあ、コンチクショウ!」って叫んでしまった。


 彼は息の抜き方にクセがあるんだね。

「都会のぉ、音をぉ~、もみ消してえぇぇ」


 完全に『桜井和寿の終わりのない歌』だった。


 桜井君、前半をアコースティックでやっていたけど、俺もソロのライブでは『終わりのない歌』をアコースティックでやっていたんだ。


 桜井君が歌い上げる『終わりのない歌』を何度も何度も聴いた。


 聴くたびに、心がザワついた。

《終わりのない歌がきこえる 都会の音をもみ消して


 悲しくても せつなすぎても いつかは 雨もやむだろう》


 いつかは雨もやむ、か。


 俺の頭の中で『終わりのない歌』の歌詞がリピートした。

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