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おわりに 〜アタシの人生は旧時代のメディアと一緒に没落していく〜

『デラックスじゃない』
[著]マツコ・デラックス [発行]_双葉社


読了目安時間:11分
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 Yahoo!ニュースの見出しって、数多くの人たちにクリックさせるために過激に煽っているよね。

「アンタたち、一応ネットの中でも良識派ということになっているんだから、ちょっとはモラルを考えろ!」とは思うんだけど、あの見出しを考えている連中は、完全に新時代発想の人たちなのよね。だから、この発想のエスカレート、悪いこととはまったく思っていないの。


 アタシみたいな旧世代には「崩壊」のように思えるけど、脳が完全に入れ替わってる新世代からすると、こういう発想をできることが「進化」なのよ。どっちがいい、悪いの問題じゃないのね。


 当初は一部の物好きだけがやっていたインターネットだけど、ここ十数年の間に環境が整備され、おじちゃんやおばちゃんまで始めるようになって広く一般化したよね。十数年もあれば、そりゃもう、これに完全に適応した新種も生まれてくるわけよね。


 生まれたときからネットがあるという環境で育った人にとっては、別に漢字なんか知らなくてもいいのよね。スマホの電子辞書機能をピュッとやれば、漢字はすぐに出てくる。「これで何が悪いの」と言われたら、アタシはグーの音も出ない。彼らにとってはこれが文化なの。これが「正義」なのよね。


 本文(第五章内の「安っぽい正義感なんてクソ喰らえ」)で、〈フェイスブックやツイッターに悪ふざけ投稿するヤツも、クレームをつけてネットを炎上させるヤツらも、どっちも自覚のなさということでは同じ。もうビョーキなのよね。ネット病。こういう人たちが世の中に蔓延しているんだなって思ったの〉という言い方をしたけど、若い子たちからすると、ビョーキでも何でもないのよ。彼らにとっては、これが文化なのよ。これが慣習なのよ。これが正義なのよ。本気でそう思っているの。だから、ここでアタシが記している言葉というのは、ババアだかジジイだか分かんないけど、年寄りのタワゴトとして見なされてしまうのね。


 昔から「最近の若い者は」というフレーズは繰り返されているけど、アタシ、ネットに関しては、これまでと少し意味が違う気がするんだよね。かつての「新人類」と呼ばれたりしていたものとも、違うと思う。


 ネットってやっぱり便利なものだし、「なくなれ」とは思ってないけど、よっぽど1人1人が理性を伴って使わないと、何もかも崩壊する気がするの。


 安いこと、便利なことは、一見素晴らしいけど、ネットはそれを究極に追求するわけよね。ボタン1つの操作で、この商品はどこの店がいちばん安いかを見比べて、それをまたボタン1つで買うことができる。そういう作業って、ラクだからありがたいんだけど、それだけが「正義」になると、もはやそこに「産業」というものがなくなってしまうんじゃないかしら。


 例えば、映画にしろ音楽にしろ、お客さんがお金を落としてくれることが次の作品の制作につながるわけよね。でも、薄利しか得られないんだったら、次のアーティストを発掘しようとか、大作映画を作ろうとかいう発想はしなくなるよ。


 無名ミュージシャンがYou Tubeやニコニコ動画にアップして、まったく基盤のないところから一気にスターになるケースはある。でも、そのミュージシャンが「今度はCDを作りました。3000円です」と言ったとき、誰も買わないわけよ。結局、「ネット・スター」で終わってしまう。それじゃ「産業」にはならない。


 ただ、ここにオタクが登場してくると、事情はまた違ってくるの。なぜ、AKBやももクロなどのアイドルがオタクたちをターゲットにしているのかというと、オタクはコレクターだからなのよ。CDを買ってくれるわけ。さらに、ライブなどの現場にも顔を出して、お金を落としてくれる。


 だから、オタクのコレクター心理を突く商品やサービスが主流になってきたの。というか、それでしかお金を儲けられなくなっているわけよ。みんな、そうやって戦略を立てている。だから、みんな、同じようなモノになっちゃうの。


 オタク向け商法が悪いとは思ってないよ。でも、まるでオタク文化がメイン・ストリートであるかのように扱われているじゃん。アイドルの露出もオタクに合わせている。ネットというものが、日本のカルチャーをそういうヘンな方向に振っちゃったの。


 ということで、ネットは文化から人間の意識、お金まで、すべてのものを目減りさせているような気がするの。何を売っても利益が1円しか出ないとなると、最後は「無」が残るだけ。そこには何にもない。すべてがそうなってしまうと、ちょっと怖いよね。


 今後のために、消費者がある程度は無駄なお金を出すことも大事なことなのよ。それが一切なくなって、利便性と価格だけを追求すると、もはやそこには何の余力もないから、次につながることもない。すべてのものをネットが叩き潰しているような気がするの。商店街のオヤジさんたちの老後も奪うことになっちゃう。労働力を分配しなくちゃいけない時代に、労働力をいらなくしてどうすんのよ!?


 アタシが長い間、スマホを使わなかったのは、おそらくその辺にあると思うんだよね。iTunesもやってなくて、いまだにCDを買っているの。自分の買った1枚が少しでもレコード会社の利益になればと思うから。便利だからやってみようとすると、最後には歯止めが利かなくなってしまう気がするの。


 1曲300円くらいでダウンロードして、これいくらでレコード会社に回っていくんだろうと思うと、恐ろしいじゃん。そんなにAppleばかりをブクブク肥やしたくないのよ。従順になってしまうのが、何か悔しいのよ。


 同じように、ネット・ショッピングするときも、大手が利益を奪うようなところは、避けたくなっちゃうんだよね。何か頑張って起業して、やっと楽天市場に出店したようなとこから買っているの。同じ商品なら、ちょっと高くなっても弱そうなほうを選ぶ。


 ホームページが完璧だと、「オマエんとこはアタシがいなくても大丈夫。生きていける」と思うけど、手作りで「やっとホームページを作ることができました」、みたいな田舎の商店は応援しちゃうね。こないだも、サングラスを静岡のメガネ屋さんから購入したのよ。


 買い物するのが面倒くさいというのもあって、商店街の人には申し訳ないと思いつつ、ネット・ショッピングだけはしているんだけど、それ以上はネットに踏み込めない。


 ほとんどネットをしないのは、結局、自分が愚かな人間だってことが分かっているから。うまく使える自信がないんだよね。何度も言うけど、ネットが怖いの。


 


 


 とにかく、目の前に「はい、どうぞ」って差し出されたものが、たとえ便利なものであっても、ワーッと飛びついて、「あー、簡単」「ラクちん」とやっちゃうことって、はたして、どうなのよ? そう思ってしまう。


 もちろん、メールやLINEを楽しんでもいいのよ。迎合してもいいの。LINEでみんなと仲良くやっている自分というものがあっていい。わざわざ嫌われるようなことをする必要はないよ。


 ただ、そこで周りと口裏を合わせるような発言をして、居場所を確保して安心することは、結果的に自分の安らぎや満足感には直結しないんだよ。もっと抗わなきゃいけなかったり、もっと意地を張らなきゃいけないことが、ほかにあるんだよ。このことを分かってほしいの。


 といって、ホントに大事なこと、自分の根源に関わることを、わざわざ人サマにさらす必要なんてないのよ。人に語りたくて仕方なくなったときに、大声で叫べば、そこに何かが生まれるのよ。LINEはお遊びとしてやってていいけど、そればっかりに目を向けないで、LINEでは絶対に見せない自分の思いみたいなものを、1個大事に持っていてほしいんだよね。何か抱えているもの、作ってほしいんだよね。


 それこそ、日常の何気ないLINEの会話からだって、「ア、オレ、何かここは引っかかるな」という思いがあれば、その積み重ねが絶対何かにつながってくると思う。クソッと思いながらも、そのクソッという思いを積み重ねることによって、どうしても我慢することのできない感情みたいなものが1個生まれてくるから。SNSから抜け出せなかったとしても、その場をちゃんと自分の場所にして活用できる人間になれるはず。だから、何も考えずにSNSやっちゃ、いけないんだよ。


 SNSなんてウンコだと思ってやっていても、そこに無感情のまま、ひたすらピコピコやり続けていたら、ホントに無意味な時間になっちゃうよ。「死ね」なんて、無感情だから書けるんじゃん。ほかの言い方はできなかったのかって考えてほしいんだよね。「死ね」って書くことで、表面だけスッキリさせていたら、死ぬまで人のこと「死ね」と言う人間で終わっちゃうよ。


 便利になることは素晴らしいことだけど、使い方を間違ったら大変。原子力を見つけたアインシュタインも、悪用されるなんて想像していなかったと思う。何かを生み出す人たちって、夢や希望を持っているわけだよね。でも、人間というのは愚かだから、せっかくの発明もうまく使えない。結局、夢を持ってネットを普及させたマイクロソフト社の共同創業者ビル・ゲイツも、Apple社の共同設立者スティーブ・ジョブズもそんなつもりじゃなかったって思っているって話よ。


 


 


 


 産業革命によって工業化がスタートし、紡績機や製鉄技術の改良や蒸気機関車が発明されて、それが現在につながっているんだけど、これが人類に何をもたらしたのかというと、もう誰にも分からない。


 それと同じことをずっと繰り返していくのよ。ある意味、ネットも人類の成長、進化かもしれないけど、その過程で人間は何か大事なものを失っていっているのよ。


 みんなが畑を耕しながら穏やかに生きていたら、それはそれで、幸せな地球があったんだと思う。公害もなければ、核兵器がどうの、原発がどうのとか考えなくてもいい世界になっていたかもしれない。そうは思いつつも、アタシたちは文明というものを謳歌して生きている。それはもう、人間の宿命なんだよね。


 そういう意味では、自分はついてはいけないけど、とてもおもしろい人間の変化を見せてもらっているという思いはあるの。


 英国で産業革命が起きて、それが世界に波及していくときと同じようなことを、いま体験しているんだと思う。たぶん、当時もアタシみたいな前時代的な人間は、機械文明についていけなくて、「機械が人間から労働を奪った」と悪口を言いながら死んでいったと思う。ま、そうやって歴史は繰り返していくんだろうね。


 今後、人類がどうなっていくのか、想像はできない。ただ、おそらく300年後、400年後の歴史の教科書には、人類史において「ネットの出現」はすごく大きな出来事として扱われているんだと思う。それも、人類の「進化」「成長」につながることで出てくるより、人類の「崩壊」の始まりとして出てくる可能性が高いんじゃないかな。


 もしかしたら、何百年後にネットに負けないぐらいの超ド級の新産業革命が起こって、それが人類を崩壊させるかもしれない。アタシが「ネットが人類を崩壊させる」と叫んでも、それはいまの人類の意識、思想が崩壊するんであって、宇宙人みたいな新しい人類になっていくんじゃないかな。ま、どっちにしろ、徐々に崩壊に向かっていることは確かよ。


 ネットはその過程で人間から何か大事なものを失わせているのよ。アタシは世の中が変わってしまう前に安らかに死んでいきたいの。


 ――ということで、周りの人たちがどんどん時代に対応していく中、時代遅れと呼ばれてもいい。仕事を失ってもいい。やっぱり、アタシ1人ぐらいは、最後まで抗ってみようかな。


 別にネットを毛嫌いしているわけでも、ネットと関わりたくないと思っているわけでもなくて、本格的にネットとつながりを持ってしまったら、アタシ、ネットのこと、客観的に語れなくなってしまう恐怖があるの。あと、気がついたら大きなモノに飲み込まれてしまっているという自分も怖いの。アタシが正しいなんて全然思ってない。ただ、怖いから近寄らないというスタンス。


 やっぱりダメね。最初に言った、SNSに接する十字架も背負えそうにないわ。


 きっと時代の波に乗っている人からすれば、前時代的発想の愚かなオカマだと思っているかもしれないね。結局、アタシは出版とかテレビみたいな旧時代のメディアと一緒に没落していくのね。最後に泥船に乗るのね。人生、これもアリかな。


 

2014年6月某日早朝


 

マツコ・デラックス
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