『孫正義秘録』
[著]大下英治
[発行]イースト・プレス
北尾は、入社後ただちに財務関係の資料という資料に目を通した。その結果、深刻な気持ちになった。
〈これでは、次のM&Aは無理だ〉
北尾が思っていたとおり、ソフトバンクは協調融資団によってがんじがらめにされていた。その契約条項にはひとつの制限条項が加えられていた。
「融資残が一定額以上あるうちは、次に八〇億円以上の買収をするときには主要各行の承認を受けなければならない」
融資団に入っている銀行のひとつでも承認しなければ買収はできない。買収をするなら融資団が貸した五三〇億円を返済してからにしなさいという意味である。このころ、資金調達は、あくまでも銀行からの間接融資がほとんどであった。銀行からの融資がなければ、事実上の買収凍結である。
コンピュータ業界をはじめとするデジタル情報産業は、一分一秒ごとに世界規模で大きく広がっている。ソフトバンクは、最先端を突っ走るためにもM&Aや新規事業進出で積極的に拡大策を推し進めなければならなかった。
孫自身も、主要銀行の制限事項には頭を痛めていた。
「マイクロソフトのビル・ゲイツやインテルのアンディー・グローブが時速一〇〇キロメートルで走っているのに、ソフトバンクは時速一〇キロメートルで走って追いかけろと言っているようなものだ。