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あの日、「怪物」は突然生まれた

『真っすぐに生きる』
[著]井上尚弥 [発行]扶桑社


読了目安時間:4分
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[息子・尚弥]


 僕は、生まれ持って「怪物」の風格を漂わせていたわけではない。結果を出すなかで「怪物」と呼ばれるようになったというのも少し違う。


 ただ、ロンドン・オリンピックのミドル級金メダリストとして、一躍「時の人」となった村田諒太さんが、僕のことを「バケモン」と評していたことはある。


 村田さんが目を付けたのは僕の技術力がこれまでの高校生のイメージを大きく超越しているということ。ただし、こうも言っていた。

「オリンピックに出た日本人選手で、僕のセンスが一番悪かった。僕から見たら、その3人ともバケモンです。そして尚弥も」


 それでもさすが村田さんだ。僕の実力を冷静に分析していた。

「ためらわずにカウンターを合わせられたり、自分の実力を出しきれることはすごい。ただ、見せている以上の奥深さみたいなものは持っていないと思います」


 このまま成長しなくても僕はバケモノかという問いには首を縦には振らず、「難しい質問やな」で終わった。



 日本のスポーツ界で「怪物」といえば、江川卓さんの代名詞だろう。リアルタイムで観ていたわけではないけれど、さすがに僕でも知っている。


 作新学院時代から活躍。強烈な球の伸びで、並みの選手では送りバントも当てられないという非凡さから、のちの読売ジャイアンツのエースに怪物の異名がピッタリだったそうだ。


 ほかにも怪物は清原和博さん、松井秀喜さん。松井さんには「ゴジラ」の愛称も合っているように、怪物にはどこか怪獣のイメージがある。


 ところが僕の身長は今の時点で163㎝。日本人の平均身長を下回る。幼少時代から身長は同学年でも低いほうだった。プロ野球選手にはまずなることがない体格だ。


 怪物というニックネームがふさわしいかどうかは、いまだに答えが出ていない。にもかかわらず、僕ははっきりと怪物だと認定され、今にいたっている。


 だから、たまに“怪物くん”ともいわれるけど、そうするとアニメのキャラクターをイメージしてしまい、わざわざこの名前を付けなくてもいいのではないか。そう思うこともある。


「怪物」の誕生は2012年7月2日、場所は僕のプロ転向記者会見が行われた東京・水道橋の後楽園飯店と言いきれる。


 集まった記者の人たちは予想以上に多かった。ひたすら下を向いてメモを取っている人。この井上ってヤツの素質は本物なのかといわんばかりに、じろじろと見てくる人。テレビ用のカメラを回す人、一眼レフのカメラレンズをくるくると回して調整する人。異質な空間で、僕こそが最も大きな不安を抱いていただろう。


 僕はまだプロボクシングの試合を一度もやったことがなかったのだ。


 プロとアマは「似て非なる競技」と言われ、ルールも似ているようで異なる。同じ戦い方では勝てないし、アマでどれだけ強くても、イコール、プロでも世界チャンピオンになれるとは限らない。プロで世界王座を何度も防衛している人が、オリンピックに出ているとは限らないからだ。


 それは「史上最強の高校生」ともいわれた僕でも同じことだ。だって人間なのだから。


 にもかかわらず、所属先として契約を結んで間もない大橋ボクシングジムの大橋秀行会長は、「日本史上最短の6戦以内で世界王座を獲らせます」と宣言。のっけから現役バリバリの世界チャンピオンの名前まで挙げて、「必ず井岡一翔を超えます」と宣言した。


 会場に集まったマスコミの人たちは、「おお!」という声をあげながら目を大きくして、会長の発言に意識を集中させ、その視線をちらちらとこちらへも移した。

(ちょっと進展が早すぎないだろうか?)


 心配になっているさなか、僕のその後を大きく左右する質問が、記者の中から出た。

――ところで井上選手は、何年に一人の逸材ですか?


 難しい質問だと思った。僕は確かに、自分の腕にある程度の自信を持ってきた。でも、どうだろう。10年、いや5年か。


 僕がそう考えたのは、この会見のあとのことで、このときの会長は、こう即答したのだった。

「井上君は何年、何百年に一人というレベルではなくて、怪物です」


 その発言を記者さんたちは一斉にメモを取った。


 なぜだ。会長は今、その場のノリで大風呂敷を広げただけじゃないか。


 僕自身がそう思ったこの発言こそが、怪物誕生の瞬間だった。


 もしかして会長は、自分でも歯止めが利かなくなっているのではないか。


 雄弁に発言を続ける会長を横目で見ながらそう思っていると、僕のほうへ質問が回って来た。

「自分はとりあえず目の前の試合を確実に勝つことだけを考えます」


 応援よろしくお願いしますと頭を下げた。



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