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すべてのJ−POPはパクリである
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エンタメ
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ファッション化する音楽

『すべてのJ−POPはパクリである』
[著]マキタスポーツ [発行]扶桑社


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 2012年にCDの生産枚数が、14年ぶりに前年を上回りました。「ついに音楽業界の景気が良くなってきたのか!」と喜びたくなる話ですが、どうやら「人気アーティストの新作が相次いだため」という一過性の要因と分析されていて、音楽業界が長期低落傾向にあるという見方は変わらないそうです。


 少し数字を見てみると、CD生産枚数のピークが1998年。洋楽、邦楽合わせて4億5717万枚のCDが生産されています。この年のヒット曲はGLAYの『誘惑』、SMAPの『夜空ノムコウ』、SPEEDの『my graduation』などで、シングルで年間売上100万枚を超えるタイトルが20枚もあります。


 一方、それからの14年間で生産枚数が最も少なかった2011年は1億9656万枚(洋楽、邦楽の合計)。何と約2億6000万枚も生産枚数が減ったというわけです(ちなみに、回復した2012年のCD生産枚数は2億1516万枚)。2011年のヒット曲はAKB48の『フライングゲット』、『Everyday、カチューシャ』などで、年間売上100万枚を超えたタイトル5枚のすべてが、AKB48の曲となっています。



 その差は歴然、といった具合ですが、私に言わせれば実は「あれだけCDが売れた1990年代が、ある種異常だった」だけの話なのです。ちょっと具体的なデータを見てみましょう。



 オリコンの集計は1968年に始まりましたが、オリコンが刊行するチャートブックや白書などの書籍を調べてみたところ、これまでに売り上げ100万枚を記録したヒット曲は2013年1217日現在で258曲ありました。その直後にAKB48の新曲がミリオンセラーを達成しているので、2013年12月末現在では、259曲になります。これらのデータの「ミリオンセラー達成年」をベースに計算してみたところ、なんと259曲のうち173曲が1990年代にミリオンセラーを達成しているのです。割合にすれば、66・8%に上り、異常にヒット曲が多いことは一目瞭然です。


 念のため、年代別の曲数と割合を提示しておくと、1960年代は7曲で2・7%(ただし、1968年と1969年の2年分しかデータがありませんので参考としての数字になります)、1970年代は24曲で9・3%、1980年代は12曲で4・6%、2000年代は26曲で10%、データは少ないですが2010年代(2010年〜2013年の4年分)は既に17曲で6・6%とある意味、健闘しています。



 一気に数字を羅列して申し訳ありませんが、ともかく、CDは売り上げでも1998年をピークに下がっている傾向にありますが、1990年代のCDが「売れ過ぎていた」という状況だけ把握していただければ幸いです。




 では、なぜ1990年代にCDがこれほど売れたのでしょうか?


 理由はいろいろとあるでしょうが、まずは家電メーカーの戦略と営業努力でインフラが整い、それに伴ってハードとソフトの両輪が揃ったからこそ、という大前提があります。CDが生産されるようになったのは1982年ですが、その当時のCDプレーヤーは16万円や18万円もするものでした。同時に発売されたソフトも全メーカー合わせて60タイトルほどしかなく、1枚の価格も3500円から3800円だったそうです。いわゆるアーリーアダプター向けの商品だったとは想像されることですが、とても一般人が手を出せるような価格ではありませんでした。


 1984年になり、5万円を切るポータブルCDプレーヤーがソニーから発売されたのですが、1台売るごとに5万円の赤字が出たそうです。とはいえ、ハードに投資した分もソフトであるCDが売れていけば回収することができます。こうした企業努力により、普通の家庭にもCDプレーヤーが行き届くに連れ、CDというメディアが浸透していったのです。


 結果、「CDを買う」ことが風俗としてカッコいいものになり、爆発的にCDが売れていったのですが、逆説的に書くと、現在、CDが売れなくなったのは、音楽を聴くという行為が一般化して「あって当たり前」のものになり、「カッコつけるためのアイテム」ではなくなってしまったからではないでしょうか。ある意味、音楽というものの扱いが雑になっていったのです。順を追って説明していきましょう。



 CDが登場する以前はレコードが音楽メディアとして隆盛を誇っていました。カセットテープの市場も確かに存在していましたが、やはり王道はレコードでした。


 レコード時代、私はレコード盤をゆっくりとジャケットから出して、丁寧にターンテーブルに置いて、慎重に針を落としていました。レコードは傷付きやすかったし、何より「大事なもの」という感じがしましたから。


 CDも出た当初は「ありがたいもの」という宝物感が強いものでした。みんなで買ったばかりのCDを見て、「ウワーッ、七色に光ってるぞ!」なんて驚いたものです。ですが、最初はレコード同様にCDも丁寧に扱っていたものの、そのうちにCDケースをラックからガーンと出して、パッと開けて、ガーッとコンポのCDトレイに突っ込む、といった具合に扱いが雑になっていったのです。


 盤面に多少傷が付いても音が飛ばなかったりして、「あ、こいつ意外と大丈夫だな」なんてコンポの上に裏返しにしたままホコリを被らせて放っておいたり、といった光景は誰しもが見たことがあるのではないでしょうか。また、CDが雑に扱われるようになったのは、トレイに入れてしまうため実際に音が出ている部分を直接見れないことや、レコードに比べてサイズが小さい、ということも関係しているかもしれません。



 ともあれ、繰り返しますが1980年代にCDプレーヤーが家庭に普及していき、1990年代に入る頃にはCDを買うことが当たり前になっていったのですが、同時並行で、音楽業界のほうにも、ある変化が訪れていました。


 象徴的なのが1989年に音楽番組として一時代を築いていた「ザ・ベストテン」が終了したことでしょう。決して歌謡曲ばかりを紹介していた番組ではありませんでしたが、時代はロックやインディーズなどの台頭により「音楽シーンの多様化」へと動いていました。「ザ・ベストテン」の、組織票も含む視聴者リクエストでランキングされたアイドルや歌手たちばかりが登場するようになってしまった番組構成が、時代にそぐわなくなっていたのです。


 その前年、1988年には「J‐POP」という言葉を生み出したJ‐WAVEが開局しています。着々と、後のJ‐POPブームへの素地が築かれていったのでした。



 そして、音楽シーンは多様化されていくことになるのですが、この頃には元号が「平成」に変わったということもあり、世の中的にも価値観を新しいものに変えていこう、新しいビジネスモデルをつくろう、という気運があったと思います。1978年に設立され、1980年代のロックビジネスを牽引してきたEPICソニーは業界のリーディングカンパニーとして、家電メーカーのグループ会社でありながら、いち早くハードに縛られないソフト作りをすることができました。新たなビジネスを広げていく際には「功利主義」に基づいて動いていくのが通例ですが、ソフト制作に特化した結果、市場を細分化し、さらにその細分化されたマーケットを膨らますために顧客の開拓をしていったというわけです。


 1990年代にはそれに続くように、家電メーカーではないビーイングやエイベックスといったレコード会社が台頭し、織田哲郎さんや小室哲哉さんのような人気プロデューサーを抱え隆盛を誇りました。また、同時期には渋谷系ブームなどもあり、各シーンの核となるアーティストやプロデューサー、トラックメーカーたちが存分に手腕を発揮した結果、まるでセレクトショップブームのように「その人やレーベルの信用度でものを買う」現象が音楽でも起き始めたのです。あの当時、レコード会社やレーベルのロゴを印象付けるようなテレビCMがたくさん流れていたのを覚えている人もいるのではないでしょうか。


 要は、「渋谷系を聴いておけばカッコいいし、モテるよね」「小室の曲はカラオケで歌えるからとりあえず買っておこうか」というように、CDがファッションアイテムのような存在になったわけです。


 もちろん、1990年代に通信カラオケが発達し、カラオケボックスが全国的に増えるなどのカラオケブームが起きたことも、この時代にメガヒット曲が多発した大きな要因の一つですが、それとて「カッコいい」と思われ「モテる」ための消費に違いありませんでした。当時はCDを買うにせよ、誰かのコンサートに行くにせよ、音楽にかかわってさえいれば「この曲を聴いてる自分はカッコいい」的な気分が味わえる、という時代の空気感が確かに存在したのです。



 ですが、そのような消費も1998年をピークに低下していきます。CDというキラキラ輝いていたものが「そこにあって当たり前」のものになり雑に扱われていったのと同じように、音楽そのものも「カッコいい」「モテる」というアイテムではなく、「そこにあって当たり前」のものになっていきました。


 と同時に、「音楽シーンの多様化」もさらに突き進み、今度は「細分化」していきました。すべての音楽から「カッコいい」「モテる」要素がなくなったわけではありませんが、「これを聴いておけばモテる(モテそう)」といった何となくの「この世代なら全員が聴いていて当たり前」という音楽が成立しづらくなってきたのです。



 この「多様化→細分化」は音楽業界だけで起きたことではありません。もうあまりにも巷間言われ過ぎていることですが、1995年のウィンドウズ95発売を契機に世の中はインターネットの時代に突入していきました。もともと趣味というのは多様なものでしたが、インターネットがマニアックなジャンルのファンたちを繫げ、新たな少数派たちの群れを開拓していったわけです。大多数が最大公約数のものを楽しむ時代は終わりを告げました。


 同時にさまざまなテクノロジーの進化で生活スタイルも変わり、まず、若者の小遣いが携帯電話代に使われ、CDなどを買う余裕がなくなっていきました。さらにはアップルが2001年にiPodを発売、徐々にコンポやウォークマンなどではなくPCに音楽を取り込んで聴くという習慣が形成されていき、前述のように1998年をピークにCDの売り上げが下降していく傾向にさらに拍車をかけていきました。2004年には携帯電話の着うたサービスに火が点き、翌2005年にはiTMSによる音楽配信も開始され、CDというメディア自体が急速に売れなくなっていく時代に突入します。ちなみに出版業界では1997年をピークに市場規模が縮小しているそうで、やはり1990年代末というほぼ同じタイミングからエンターテインメント産業は苦境に立たされていくようになったのです。


 しかし、昔を懐かしんでも仕方がありません。何度も言うように「1990年代が異常」だったのです。いくら考えたところで、あのような時代が戻ってくるとはとても思えません。何しろ、この章の最初に見たように約50年間で生まれた100万枚超えのヒット曲のうち66・8%が1990年代に生まれたのですから。磁場が狂っているとしか言いようがないし、あんな天変地異のような状態を「当たり前」と考えたら、アーティストはやっていけないでしょう。


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