読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1075052
0
嘘だらけの日韓近現代史
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第一節 「壬午事変」 とにかく中華様に媚びる

『嘘だらけの日韓近現代史』
[著]倉山満 [発行]扶桑社


読了目安時間:6分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ



 朝鮮宮廷の政治は、大院君と閔妃の抗争を軸に展開されます。この人たちには思想も政策もありません。そんなものは、相手を打倒する道具にすぎません。だから、どちらが守旧派で、どちらが改革派なのか、など探るだけ無意味なのです。


 ただし、韓国の教科書(『韓国近現代の歴史 検定韓国高等学校近現代史教科書』)では開化派の意義が強調されています。なんと延々と十頁も「開化」の話です。そして、現在の韓国国旗である太極旗は日本に好意を持つ開化派によって日の丸を基にデザインされたと読めるエピソードも証拠写真付きで書いているのです。この人たちは、どこまで日本に憧れたのでしょうかと言いたくなります。


 しかし、朝鮮半島では「真人間は親日派、そして常に弾圧される」の法則があります。しかも半島は常に周辺諸国の代理戦争の舞台です。これは朝鮮半島に限らず、弱い半島国家は海洋勢力と大陸勢力の衝突に巻き込まれるというテーゼが地政学にあります。また、そのような半島国家では激しい内紛が繰り返されるものなのです。


 一八八〇〜九〇年代、日本で言えば明治十〜二十年代の朝鮮半島もご多分にもれません。大院君も閔妃も、それぞれが日本や清の力を借りて相手を打倒しようとします。日清双方にとって朝鮮半島は死活的利害地域ですから、暗闘が繰り広げられることになります。


韓国人の主張


 閔氏政権は日本人顧問を招いた軍制改革など開化政策を推し進める。しかし、清を見習った穏健改革派(事大党・守旧党)の金弘集と、日本を見習った急進改革派(開化党・独立党)の内部対立も激しくなった。しかも、十三か月も給料が遅配したうえ、上役が米のなかに砂を入れて着服したことに怒った旧式軍人たちが大院君を担ぎ、壬午軍乱を起こす。彼らは政府高官を暗殺し、日本公使館を襲撃した。閔氏政権の要請で清国は軍隊を派兵し、そのまま居座る。一時は政権に返り咲いた大院君も、清に連行される。また清は、朝清商民水陸貿易章程で経済的侵略を強め、朝鮮が清の属国であることを認めさせた。これが次の甲申事変の原因となる。日本は、済物浦条約で謝罪・責任者処罰・賠償・公使館警備の為の軍隊駐留を要求し、朝鮮はすべて飲んだ。



 この項は、要約にあまり苦労しませんでした。韓国の愛国者ならこれくらい書くだろうなという程度の隠蔽しかなく露骨な歪曲はありません。


 壬午事変を、「江華島事件、日朝修好条規に続く侵略だ」と位置付ける日本人研究者に比べれば、よほどまともな記述です。


 まず、閔氏政権といっても、常に内紛を繰り返しています。派閥というものは、裏切りが日常なのです。問題は改革の手法という政策が、即外国勢力との結びつきになってしまう点です。


 検定教科書では清と日本の近代化を写真で比べているのですが、日本のほうは「開港→維新→文明開化」とどんどん発展していくのに、清は「アヘン戦争→洋務運動→義和団の乱」と、まったく進歩していないのがビジュアルで一目瞭然です。


 洋務運動の写真といっても、手工業者のような職人が一人で大砲を作っているもので、工業近代化とはとても思えません。そして洋化に反対する義和団に至っては、乞食のような暴徒が武器を持っているだけ。誰が見ても清国は近代化に失敗したことがわかります。


 さて、明治十五年(一八八二年)七月二十三日、軍人たちが蜂起します。壬午事変です。閔氏政権を打倒し、大院君派の政権を復活させる目論見です。


 急進改革派は別技軍という日本式の新式軍隊を作っていました。別技とは、従来の五軍営(訓練都監、摠戎庁、御営庁、守禦庁、禁営庁)とは別の系統の軍という意味です。八十人が選抜されて編成され、今までの軍隊はそのままで構わない、既得権益は侵さないから自分たちにはかかわらないでくれという意味もあります。いわばモデル小隊のようなものでしょうか。軍隊を創設するとき、模範となる部隊を訓練して成功したら、ほかの部隊にも真似をさせるということです。


 ただ、朝鮮特有の両班制の壁は厚く、軍隊内でも差別は残り、両班出身ではない上司の命令を聞かないなどの紀律の乱れがありました。何より、最貧国の朝鮮で、給料が優遇されたというのは嫉妬の対象となります。乱が発生すると、別技軍の軍人は日本人顧問も含めて殺され、さらに日本の外交官や民間人にも被害が及びます。


 大院君は日本を後ろ盾にしている閔妃を倒す為に、清の力を借りようとします。逆に閔妃も日本を見捨て、清の袁世凱を頼ります。袁世凱はのちの中華民国大総統ですが、このころは軍閥・李鴻章の手下の軍閥です。袁世凱は閔妃の要請でそのまま朝鮮に居座り、部下の馬建忠を顧問として残し、朝鮮政府を属国の地位にとどめようとします。属国の地位を明文化したのが、朝清商民水陸貿易章程です。


 一方の日本も、軍艦五隻に陸軍一個大隊と海軍陸戦隊を乗せて、居留民保護を行います。仁川から一気にソウルまで駆け上がりました。


 当たり前ですが、公使館は自国領土と同じ扱いを受けます。当時は大使館を置いてないので、公使館は日本の代表部です。そこに大院君を担ぐ軍人たちが乱入したわけですから、これは日本に侵略してきたのと同じことです。


 事変後の済物浦条約で、謝罪・責任者処罰・賠償・公使館警備の為の軍隊駐留を認めさせたのは、百点満点の解決でした。朝鮮における主導権を清に奪われているのは確かですが、不利ななかでも引き分けに持ち込んだと言っていいでしょう。


 日本の政情で言えば、前年に大隈重信を追放して、伊藤博文ら長州閥主導の政権が誕生したころです。しかし、伊藤は憲法政治調査の為に欧州出張中で留守でした。外務卿の井上馨が主導して、大院君に済物浦条約を認めさせたのです。


 条約中、居留民保護を目的とした軍隊の駐留とは、再発防止を意味します。朝鮮は自分で治安維持能力がないことを認めているのです。政治的には、日清両国の軍隊が首都ソウルで睨みあうことになります。


 清国からすれば、反日派の決起によりせっかく軍隊の駐留ができたのに、日本にも脅されてこんな状態をもたらした大院君は信用できません。だから北京に連行して、宰相の李鴻章自らが厳しい査問を行うのですが、彼らとて朝鮮の政府高官など信用していません。ちなみに「連行」とは拉致のことです。拉致は儒教国家の伝統なのです。


 袁世凱のおかげでクーデターから政権に復帰した閔妃は、今度はロシアに色目を使い、日本ともヨリを戻そうとします。


 あきれるばかりの変節と権力闘争ですが、こんな調子で日本に併合されるまで続きます。すでに第三章の第一節でゲンナリしてきましたが、悲劇の本番はこれからです。


この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:2721文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次