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嘘だらけの日韓近現代史
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歴史
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第一節 朝鮮など併合したくなかった

『嘘だらけの日韓近現代史』
[著]倉山満 [発行]扶桑社


読了目安時間:6分
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 日露戦争開始後から、三つの日韓協約を経て韓国を保護国化し、そして日韓合邦へと進みます。例によって韓国人の主張を『韓国近現代の歴史 検定韓国高等学校近現代史教科書』で確認しましょう。


韓国人の主張


 日本は三つの協約などで経済的侵略を強めた。



 面白いことに、政治史の頁は自分たちが主体となった義兵闘争に費やされています。自分たちは受け身の被害者だとする日韓協約の記述は経済史の頁にあるのが特徴的です。順に見ていきましょう。


 日露戦争開始から半年後、明治三十七年(一九〇四年)八月に、第一次日韓協約が結ばれます。要点は、韓国の財政と外交の顧問に日本の推薦者を置くことです。そもそも日本としては、王様が外国の公使館に逃げ込むような国など信用できません。このころ、日本は戦いを優勢に進めていますから、韓国も逆らえません。しかも中立を守る能力がないということは、敵と同じなのです。顧問でもおいて監視しないと安心して戦争などできないのです。


 ちなみに、検定教科書には次のような記述があります。



 第1次韓日協約によって政府の財政顧問になった目賀田[種太郎]は、わが国の貨幣制度を日本と同じにしようと貨幣整理事業を実施した(1905)。これは当時、わが国で使われていた常平通宝や白銅貨などを日本の第一銀行でつくった新しい貨幣に変えようとしたものだが、法を突然施行したうえに質の悪い白銅貨とは交換しなかった。日本商人はこの事実をあらかじめ知って備えていたが、そうできなかったわが国の商人は破産することが多かった。また、少額では変えてもらえず、農民たちも大きな被害を被った。



 これでは、「日本人が慈善事業をしようと思ったが、韓国の民度があまりに低かったので失敗した」と言っているのと同じです。一応、「日本人はズルくて嘘つき」と書かれていますが、熱心な高校生であれば、わからない単語をいちいち確認していくだけで、真相がわかるでしょう。


 目賀田種太郎は大蔵官僚出身で、貴族院議員・枢密顧問官・国際連盟大使を歴任しました。法律家としても有能で、学者・裁判官・弁護士でもあります。教育にも熱心で、専修大学の創設者の一人です。最高の人材を財政顧問として日本は送り込みました。


 常平通宝とは一六七八年から恒常的に鋳造された朝鮮の銅銭です。質が悪く、経済混乱の原因となっていました。こんな代物をいつまで使っているのかと思うかもしれませんが、自己改革できない為に放置されていました。


 それより質の悪い白銅貨など、硬貨としての価値などないに決まっています。


 目賀田はあまりにも質の低い朝鮮の貨幣と交換しないことにより、日本の第一銀行を朝鮮の中央銀行にしたのです。これは巧妙な経済支配の完成とも言えますし、文明の恩恵をもたらしたとも言えます。そもそも、今まで朝鮮の貨幣経済は何だったのかという話にもなります。


 続けて、日露戦争で日本が勝利した明治三十八年(一九〇五年)十一月の第二次日韓協約では、韓国は外交権を日本に譲渡し、被保護国となりました。叛服常なき高宗から外交権を取り上げたのは戦後処理です。それでも高宗は性懲りもなく諸外国に密使を送り、日本の不当を訴えるという愚挙に及んでいます。


 ちなみに、第二次協約は高宗個人の身体への脅迫が行われたので無効であるといった説が日本人を中心に主張されています。しかし、身体への脅迫とは、ヒトラーがチェコスロバキアを併合する際に、「疲れたので仮眠をとりたい」と交渉の中断を要求するマサリク大統領に対し、「では気つけ剤の注射を用意しましょう」と脅迫的に拒否したような例を指します。


 条約無効論者は、王宮の前で日本軍が演習を行ったことを脅迫の事例に挙げるのですが、その程度で立論が成立するなら、十九世紀のあらゆる砲艦外交によって行われた条約は無効になります。もちろん、日本が結んだ不平等条約は無効です。ついでに言えば、日本国憲法などマッカーサーが天皇を人質にして脅して押し付けたようなものですから、その一事でもって無効となります。前者は明らかに無理があり、後者は本来ならば正当な議論です(残念ながら日本が独立回復後も異議申し立てをアメリカに行っていないので、この議論は成立しないのですが)。問題は日本人でありながら、韓国の立場から「日韓協約は無効だ」と言い、なぜ日本の国益のためには何も主張しないのか、という点でしょう。


 とにもかくにも、駄目人間の高宗が外国によからぬことをしないように結んだ条約です。


 同年、韓国統監府を置きます。初代統監は、元老筆頭の伊藤博文です。朝鮮統監や朝鮮総督は軍人が就いてオドロオドロシイ弾圧をしたという印象があるのですが、伊藤と二代目の曾禰荒助は文官です。最初は、「朝鮮をまともな国にしなければ日本の安全保障のためにならない」という使命感で乗り込んでいるのです。


 しかし、性懲りもないのは高宗です。“密使癖”は治りません。一九〇七年、オランダのハーグで、慣習として確立されてきた国際法を法典として整理しようという会議が開かれていました。そんな真面目な話をしているところに高宗は密使をよこして「日本の非道」を訴えます。


 当然、誰も相手にしません。当時の世界は帝国主義の時代で、食うか食われるかです。日本は国際社会で生き抜こうと努力し、最後は超大国のロシアと一騎打ちで勝ち、一目置かれています。片や朝鮮は何の努力もしなかったので、置いていかれただけです。日本が自国の安全保障上、言うことを聞かない朝鮮を影響下に置いたとて、悪いのは朝鮮ということにしかなりません。


 密使を送った事実を知った伊藤博文は高宗のところに乗り込んで、面と向かって「そんなに文句があるなら、この場で宣戦布告をしたらどうか」と迫りました。歴戦の勇者の伊藤と、強いものにすがる卑怯な真似しかしてこなかった高宗では、迫力が違います。


 高宗は李完用ら親日派に迫られて退位し、閔妃の忘れ形見の純宗が継ぎます。三十三歳の青年皇帝ですが、実権は統監府と親日派が握っています。特に自分の意思を表明できる環境でもなく、日本人能吏と親日派官僚により統治は行われます。


 この年、第三次日韓協約が結ばれ、韓国の高級官吏の人事にも韓国統監府の承認が必要とされ、立法や司法などの内政も日本の管理下に入りました。韓国軍もごく一部を除いて解散させられます。韓国は完全に属国となり、日本政府の国策としてはこれで満足でした。


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