大正八年(一九一九年)、第一次世界大戦の講和会議が開かれ、ヴェルサイユ条約が結ばれました。戦勝国に列した大日本帝国は、名実ともに世界の大国として認められました。
しかし、この会議にはとてつもないトラブルメーカーがいました。アメリカ大統領、ウッドロー・ウィルソンです。この人物の負の遺産については、『嘘だらけの日米近現代史』で詳述しましたのでご参照ください。本書との関連で言えば、世界中の民族主義過激派・分離独立運動を応援したことです。
この流れのなかで出現したのが、三・一独立運動です。三月一日は、今でも韓国の休日に指定されているほど重要視されている事件です。
韓国人の主張
長年にわたる闘争が遂に三・一独立運動として結実した。