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<豊臣秀吉と戦国時代>政権安定の秘策 大名配置の妙
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歴史
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関白任官当初の大名対策

『<豊臣秀吉と戦国時代>政権安定の秘策 大名配置の妙』
[著]宮本義己 [発行]学研


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 秀吉の国替は主として(てん)(しよう)十三年(一五八五)、および同十五年(一五八七)、同十八年(一五九〇)、(ぶん)(ろく)四年(一五九五)、(けい)(ちよう)三年(一五九八)とその前後に集中している。


 天正十三年という年は周知のように、秀吉が文武百官を()べる関白の(けん)(しよく)に任官したことで知られるが、軍事的には紀伊に攻め入って根来(ねごろ)雑賀(さいか)の一揆を(くだ)し、土佐の(ちよう)()()()(もと)(ちか)を降服させて四国を平定する一方、越中の佐々(さつさ)(なり)(まさ)をも攻め降して北陸地方の平定がなった。畿内とその隣国を従え、公式に全国政権としてスタートしたこの年三月、秀吉はまず実弟の()(しば)(ひで)(なが)を播磨の姫路城から紀伊の岡山(和歌山)に封じ、紀伊と和泉の二か国六四万石を与えた。


 根来討伐に対する褒賞だが、ついで四国経略後は大和四四万石を加増して、居城を同国の(こおり)(やま)に移させた。


 これにともない、歴代、(つつ)()城(添下郡=大和郡山市)を本拠としていた大和きっての大名筒井(さだ)(つぐ)を、この年(うるう)八月十八日、隣国伊賀の(うえ)()城二〇万石に国替させることとしたのである。定次は信長と同じく(さい)(とう)(どう)(さん)の娘を室としていた(じゆん)(けい)(よう)()()であるばかりか、秀吉の亡君信長の娘を妻としていた。

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