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泣いて、病んで、でも笑って
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ルポ・エッセイ
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プロローグ

『泣いて、病んで、でも笑って』
[著]今井メロ [発行]_双葉社


読了目安時間:3分
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「バッカみたい……」


 あの日、ひとり暮らしのマンションの床に座り、私は何度もそう(つぶや)いていた。


 何をやってもうまくいかない。どんなことをしても心は空っぽなまま。そして、何でもすぐにバッシングされたり、妙なウワサを立てられる……。


 どうして私はこうなんだろう……。


 自分が本当にバカみたいに思えてきて仕方がなかった。そんな自分を思い切り笑い飛ばしてしまいたかった。そうすればすべてを忘れ去ることができそうだったから……。


 でも、そのときの私は、笑い声をあげる気力さえ()せていた。

「は、はは……」


 笑おうにも喉の奥に貼りついた声が()(いき)のように漏れるだけ……。


 気がつくと、私は右手で持ったカッターナイフを左手の前腕に当てていた。

「はは、もう生きてるのがバカみたいやわ……」


 その瞬間、私の左腕からは鮮やかな赤い液体がほとばしった。それがポタポタと落ちて()まり、みるみるうちに床に広がっていった……。



 トリノオリンピックで金メダルの最有力候補といわれながら、私はみんなの期待を裏切った。スノーボード・ハーフパイプ競技に出場したが、二度のチャンスともに転倒し、予選を通過することさえできなかったのだ。


 日本の恥!


 情けない!


 スノーボードなんてやらないほうがマシだよ!


 耳を(ふさ)いでも塞いでも、聞こえてくる(よう)(しや)のないバッシングの声……。


 私には耐えられなかった。外に出ることさえできなくなった。人から後ろ指を指されるんじゃないか。何か言われるんじゃないか。そう考えると、途方もなく怖かった。


 来る日も来る日もじっと家に引きこもり、そのことが原因で母親とケンカが絶えなくなった。そして、ついには家を飛び出して、夜の世界に足を踏み入れた。

「これで自分の思い通りの人生を送れる」


 自由になる、そんな長年の夢が実現したと思った。


 けど、ぜんぜんラクになんてならなかった……。


 私の心は空っぽだった。きらびやかな夜の世界で陽気にはしゃぎ、そこで稼いだお金で派手に遊び回ったこともあったけど、本当の意味で満たされることはない……。ひとりになると、(むな)しさばかりが膨らんでいった。

「私のことなんか、誰もわかってくれない……」


 日に日に大きくなっていく孤独感。


 それをごまかすようにホストクラブに行き、毎日、浴びるようにお酒を飲んだ。医者から処方される睡眠導入剤も手放せなくなっていた。



 あの日、私は、お酒と睡眠導入剤を初めて一緒に飲んだ。しかもどっちも大量に。


 深く考えたわけじゃない。「もうどうにでもなれ」という投げやりな気持ちが強かった。とにかく苦しさから逃れたかったのだと思う。

「もうわけがわかんない……。バイバイ」


 (めい)(てい)状態になりながら、当時つき合っていたカレシにケータイでそう言ったらしい(らしい、というのは、自分ではよく覚えていないからだ)。のちに聞いた話では、しきりに「自分は孤独だ」と呟いていたそうだ。


 そして私は一方的に電話を切ったあと、グッと力を込め、左腕に当てたカッターナイフを横に滑らせたのだった。


 どれくらい時間が経ったのだろう。


 ベッドにもたれかかって投げ出した私の両足に、生ぬるい感触が伝わってくるのをかすかに感じたことを覚えている。


 寝室の床は血の海だった。

「このまま死ぬんかなぁ……」


 薄れゆく意識の中で天井を見つめながら、私はそんなことを考えていた――。

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