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最後のイタコ
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ルポ・エッセイ
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●憧れの職業は「イタコ」

『最後のイタコ』
[著]松田広子 [発行]扶桑社


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「なぜ、イタコになろうと思ったの?」

 これまで、何回この質問を投げかけられたでしょうか。

 そのたびに、はっきり理由を答えられないもどかしさを感じます。

 ごく自然に、この道を選びました。

 私には、そうとしか言えないのです。

 イタコは、私にとって幼いころから身近な存在でした。

 体が弱く医師からも見放された私が健康な大人になり、今こうやって自分で選んだ仕事ができるのは、ひとりのイタコとの出会いがあったからです。

 そのイタコ、のちに私の師匠となる林ませとの家族ぐるみの交流によって、私はいつしか、イタコという職業に憧れを抱くようになりました。そして、15歳で進路を決めるときに「イタコになりたい」と宣言し、19歳で晴れてイタコとして独り立ちしたのです。

 なぜ、目の見える私がイタコになりたかったのか。

 なぜ、ほかの職業ではいけなかったのか。

 うまく伝えられるかどうかはわかりません。でも、私がイタコになるまでの道のりをありのままにお話しすれば、もしかすると何かを感じ取っていただけるかもしれません。

 物心ついてからイタコ修行を認めてもらえるまで、私が何を体験し、何を思ったのか。これからお話ししていきましょう。

「大人になったら、イタコになりたいなあ」

 イタコを将来の仕事として意識し始めたのは、小学高学年のころでした。どんな子どもでも、未来への夢が少しずつ現実的なかたちになっていく時期です。

 同級生たちは、保育士や学校の先生、お菓子屋さんなど、ごく一般的な職業を夢見ていました。私も、将来の夢をテーマにした作文には「花屋さんになりたい」と書きました。「イタコ」と書いてしまうと、先生や親からきっといろいろ言われるに違いない。子ども心に、そう思っていたからです。

 実は、その当時、東北で暮らす人たちにとって、イタコは珍しい存在ではありませんでした。

 私の住む八戸市では、昭和40年代までは、各町内にたいていひとりはイタコが暮らしていました。ほぼ全員がおばあさんで、目に障害のある人だけでなく、目の見える人もいたのです。

 東北のほかの地方でも、ほぼ同じ状況だったようです。土地によってイタコの呼び名はさまざまでした。「オガミサン」(岩手県・宮城県)、「ミコ」「オナカマ」(山形県)、「イチコ」(秋田県)、「ミコサマ」(福島県)……。

 まえがきにも書いたように、イタコの仕事は、死者の霊を呼び出す口寄せだけではありません。神事、占い、祈祷、人生相談など、多岐にわたっていました。どの家も家族にトラブルが起きたら、近所のイタコに相談したものです。

 東北では、イタコは生活に密着した「カウンセラー」のようなものであり、家庭内の神事を司る「祭祀者」でした。そして、「お医者さん」でもありました。

 そのころの八戸にはまだ病院が少なく、風邪やちょっとした体調不良であれば、神社やお寺、そしてイタコのところへ行くこともありました。特に、町内にいるイタコは、健康について気軽に相談できる存在だったのです。

 だから、何かあるとすぐに高熱を出して寝込んでいた幼い私が、イタコのお世話になったのも、決して特別なことではなかったのです。

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