私が入学した高校は、いわゆる「ヤンキー(不良)」の多い学校でした。
入学式では普通だった同級生の眉が日増しに細くなり、髪型や髪の色もどんどん変わっていきました。
実際に話してみると、外見は少し怖くても皆、優しい子たちです。でも、グループでつるんで繁華街をうろついたり、夜遊びしてケンカ騒動を起こしたり……。遊びに誘われたこともありましたが、とうていついていく気分にはなれませんでした。
部活も特に魅力的なものはありません。私が思うのは、やはり「修行がしたい」ということでした。
師匠には「卒業してから来るように」と言われています。
でも3年も待つなんて、とてもできません。
そこで、高1の夏休みに入ってすぐ、私は決心しました。
「押しかけ修行」に行くことにしたのです。
ある朝、家族に黙って家を出ると、私はひとりでバスに乗りました。行き先は、師匠の家。それは、幼いころから数え切れないほど通った道のりでした。
突然やってきた私を、師匠は黙認というかたちで認めてくれました。
私はその日から、師匠の仕事ぶりを見て学ぶことを許されたのです。ちょっと大人になったような、夢に少し近づけたような、興奮と嬉しさで私の胸はいっぱいでした。
それから、私は時間が許す限り師匠の家を訪れました。
師匠の家には、入れ替わり立ち替わり相談者がやってきます。
「押しかけ弟子」として間近でイタコという仕事を見て、私は「イタコって、とても難しい仕事なんだ」と感じました。
イタコの言葉は、神様や仏様の言葉です。その一言一言に、相談者の一生を左右するかもしれない大きな責任があります。お告げを間違って伝えたり、微妙なニュアンスをきちんと言い表せなかったりしたら、その人の人生を狂わせることにもなりかねません。間違いは、絶対に許されない仕事なのです。
それでも、私の決心が揺らぐことはありませんでした。
イタコに弟子入りすると、師匠の家の掃除や洗濯、炊事など家事全般を手伝いながら、衣食住を共にして修行します。私も師匠の家に行った日は、慣れない家事を自分なりに一生懸命手伝いました。
8月に入ったある日のことです。いつものように師匠の家に行くと、師匠が言いました。
「もう、こうやってうちに通っているんだもの。親御さんにちゃんと認めてもらわないとね。正式に弟子入りできるよう、私から頼んであげるから」
私は喜んで、師匠にお礼を言いました。
師匠は、我が家の相談役として、家族が頼りにしてきた人です。その師匠が修行に入ることを許せば、家族もたぶん許してくれるに違いありません。
師匠から連絡が行くと、初めは「まだ高校生だから」と母親も祖父母も渋っていました。しかし、最後はとうとう母親が弟子入りを認め、祖父母に取りなしてくれました。
「実際にもうお世話になっているんだから、今さら止めても、この子は勝手にかか様のところに行ってしまうだろう……」
許してくれたというより、あきらめてくれたと言ったほうが正しかったのかもしれません。
とにかく、ようやく晴れて入門が許されたのです。
8月の中旬、私たち一家は、「七草」(ナスや大根などの山の幸と、昆布や小魚などの海の幸)と呼ばれる供物と日本酒を手に、親子揃って正式に弟子入りのお願いに行ったのでした。
「これでやっと、誰に遠慮することなく修行ができる!」
そう思うと、嬉しくて嬉しくて……。
もちろん、自分にイタコができるのだろうかという不安もありました。
でも、不安と喜びを比べてみると、喜びのほうが何倍も大きかったのです。自分の道を確実に一歩踏み出せたようで、私の胸は躍りました。
夏休みが終わると、週末は一泊でイタコ修行、平日は普通の高校生という二重生活が始まりました。