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強い日本を取り戻す!〜悪しき戦後政治からの決別〜
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政治・社会
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◇マルクス主義とファシズムの驚くべき類似性

『強い日本を取り戻す!〜悪しき戦後政治からの決別〜』
[著]辻貴之 [発行]扶桑社


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 先の戦争の時代をファシズムが支配した右翼体制と規定すること自体、左翼・リベラル派が大きな勢力を誇った戦後の論壇によって歪められた見方である可能性があります。つまり、戦時下の日本はファシズムによって席巻され、左翼思想とは無縁のイデオロギーに染まっていたとの従来の考え方そのものが、悪しき「戦後レジーム」の実例である危険性を否定できません。

 そもそも、マルクス主義とファシズムは、対極の位置にあるイデオロギー体系なのでしょうか。マルクス主義が左翼思想で、ファシズムが右翼思想との前提に立てば、そうした見方も可能でしょうが、マルクス主義とファシズムの関係について、双方は異なる思想どころか、ほとんど同じか、もしくはそれに近い、と考える研究者が世界的に増えつつあるのが現状です。

 20世紀を代表する経済学者であり、思想家でもあるF・A・ハイエクは、多数の著作を残しましたが、そのうちの1冊に『隷従への道』(東京創元社)があります。同書は、マルクス主義とファシズムの同根性を指摘したものとしてよく知られていますが、ソ連とドイツが激しく戦っている第2次世界大戦のさなかに刊行されたこともあって、世界的なベストセラーとなりました。


  多くのナチズムやファシズムの指導者たちの知的発展の経過も同じように重大である。イタリア、ドイツにおけるこの運動の発展を見守る人は、ムッソリーニ(Mussolini)に始まる(中略)あまりにも多くの指導者たちが最初は社会主義者で、のちにファシストまたはナチスになっていることを知って驚くであろう。指導者についていえることは、その運動の一般の党員についてもいっそうよく当てはまるのである。ドイツにおいては、若い共産主義者が簡単にナチに変り、また逆に若いナチが簡単に共産主義者に変るということは、一般に知られており、特に二つの党派の宣伝員の転向は、人のよく知るところである。(中略)

  共産主義者とナチスまたはファシストが、ドイツにおいては一九三三年以前に、イタリアにおいては一九二二年以前に、他の党派とよりも頻繁に衝突したということは、もちろん、事実である。彼らは同じ種類の人々の支持を獲得するために競争し、互いに相手を異端者として憎んだ。けれども彼らの実行していることを見ると、彼らの間にいかに密接な類似性があるか明らかであった。


 ファシズムの生みの親は社会主義である、というのがハイエクの考えです。戦時下の日本でも、マルクス主義に近い知識人がファシズムの信奉者に変貌する様子が、アメリカの日本研究家M・フレッチャーの『知識人とファシズム』(柏書房)に書き記されています。

 イギリスの歴史家P・ジョンソンもまた、世界的レベルでの知の巨人の1人であって、その博識ぶりはよく知られています。ルソー、マルクス、ラッセル、さらにはサルトルといった進歩的知識人の驚くべき素顔と生活を描いた『インテレクチュアルズ』は、わが国でもよく読まれました。ここでは『現代史(上)』(共同通信社)から引用します。


  異端のマルクス主義者、暴力に頼る革命家としてのレーニンとムッソリーニに共通するきわだった特徴が六つある。ふたりともブルジョア議会制と「改革主義」に類するものに、すべて真っ向から反対した。党は社会主義の目標を達成するために高度に中央集権化され、厳格な階層制を維持し、厳格きわまりない規律を守る組織でなければならなかった。ふたりとも職業革命家が指導部を構成すべきと考えた。どちらもプロレタリアートの組織能力を信頼せず、エリートを自任する革命家の力によって、大衆に外から革命意識を植えつけることができると考えた。最後に、両者とも、きたるべき階級闘争においては、組織化された暴力が事態を決すると信じた。

  世界大戦を境に、レーニン主義とムッソリーニの初期ファシズムは袂を分かつ。単に知性と立場の問題にとどまらず、そこには性格がかかわっている。虚栄とか愛されたいという願望も含め、レーニンに著しく欠けていた人間味をムッソリーニは持っていた。

『隷従への道』と『現代史(上)』の双方の引用文に登場したムッソリーニは、最初は社会主義者としてその政治活動を始めました。毎日新聞ローマ特派員などを歴任した木村裕主氏の著作『ムッソリーニ』(清水書院)は、若い頃のムッソリーニを以下のように描写しています。


  彼は父と同じように情緒的な社会主義者で、時にアナーキスト、ある時は組合主義者を演じ、いつも杖を振りつつ群衆に煽動的な演説をぶった。以下の名台詞は新聞にも伝えられ、いまも語り草となっている

 「諸君、流血を恐れてはならない。変革は流血の中から生まれ、達成されるものなのだ!」(中略)

 「法律は守るためにあるのではなく、犯されるためにある。正義のために法律を犯すことは許される。その時に、暴力は武器となる。暴力こそ正義なのだ!」


 ナチス・ドイツとソ連は第2次世界大戦中、長期にわたって激戦を繰り広げたので、マルクス主義とファシズムを異なる思想と考える人もいましたが、そうではありません。両者はともに、全体主義的発想に基づき、社会や経済を統制することを好み、暴力を否定しない立場という点でも近いのです。
『フランス革命を考える』を発表し、従来の革命観に異議を唱えるF・フュレは、『幻想の過去』(バジリコ)において、マルクス主義(コミュニズム)とファシズムの関係について、以下のように語っています。参考になりますので引用します。


  事実、ファシズムにはコミュニズムと同じように未来思想が存在しており、その根底にあったのはあくまでブルジョア近代に対する批判だった。教義の源になった思想の系統樹はボリシェヴィズムよりも折衷的である。誘惑の蜜が作り上げられたのは、多くの思想潮流や作家たちからであり、それぞれ様々な地平から姿を現していたが、それでもすべてがブルジョアジーを悪魔のように嫌いぬいていた。標榜されていたのはポスト・マルクス主義であって、決して前自由主義的であることが喧伝されていたわけではない。求められていたのは、金銭による社会の風化を押しとどめて、国民と国家の団結を回復することだった。


 平成23年9月8日付産経新聞の記事「次代への名言」も、ドイツの作家でノーベル文学賞を受賞した、G・グラスの著作『(かに)の横歩き』から引用しながら、マルクス主義とファシズムの類似性を次のように指摘しています。


  改めて説明しておきたい。ヒトラーが率いるナチ党(ナチス)の正式な名称は「国家社会主義ドイツ労働者党」だ。過激右翼政党にもかかわらず、左翼思想である「社会主義」と「労働者」をうたっている。そしてヒトラー自身、「わたしは社会主義者である」と言った。

  いったいどういうことなのか。

 《一度民営化されたすべての企業を国営化する》《公共の目的ならば、私有地を無償で接収できる法律をつくる》―。

 “不変の党政綱25カ条”には、民族主義や絶対的な中央集権の創設などとともにこれらの主張が並んでいる。後にヒトラーが「土地は私有が前提」という声明を出さざるをえなかったほど左翼的だが、それだけではない。ジャーナリスト、セバスチャン・ハーフナーはつづる。

 《文句なしの安心感や連帯感、幸福感が花咲く社会をつくる。この点でヒトラーは疑いなく社会主義者だった。強力な実行力を有する社会主義者であり、民衆にこうした幸福感を強いたのだ》(中略)後年、外相のリッペントロップはヒトラーに報告している。「ソ連のスターリン政権と交渉をしていると、まるで昔の同志とともにいるような気がします」


 17歳のときナチスの武装親衛隊に所属していた過去を、グラスは自ら公表し、国の内外で大きく報じられました。

 そして、著名な哲学者H・アーレントの『全体主義の起原』(みすず書房)もまた、マルクス主義(スターリニズム)とファシズムの双方を、全体主義として一括して扱っていることはよく知られているところです。

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