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コミックばかり読まないで
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ルポ・エッセイ
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猪瀬直樹との邂逅

『コミックばかり読まないで』
[著]昼間たかし [発行]イースト・プレス


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 なぜ、猪瀬は都知事を辞任しなければならなかったのか。やはり当選を決めたその日から、なんとなくこうなりそうな嫌な予感がしていた。2009年真夏の「政権交代選挙」によって生まれた民主党政権は、国民の期待とは裏腹に挫折と迷走を繰り返して崩壊した。民主党が希望を感じさせながらも、結局は旧来の党内抗争による妥協の政治に陥ってしまった理由と、猪瀬が辞任にまで追い込まれた背景。その本質は、別個のようで実は根っこで繋がっているのではないだろうか。

 私が猪瀬と初めて出会ったのは、2006年7月11日、新宿にあるトークライブハウス・ロフトプラスワンで出版プロデューサーの(たか)()(もと)()が主催するトークイベントの楽屋であった。高須は、出版プロデューサーとして、数々のヘアヌード写真集を世に出し「毛の商人」とも呼ばれ、様々な雑誌やスポーツ紙に連載を重ねてきた人物である。
「将来、物書きとしてやっていくならば、先輩作家である猪瀬さんに挨拶をしておいたほうがいいんじゃないのか」
「高須基仁プロデュース 猪瀬直樹vs高須基仁」のイベント当日、そう勧めてくれたのは、(ます)()(とし)()だった。ロフトの映像部門に所属していた増田は、楽屋に顔を出すなり「新人のライターなんですけど、僕と一緒に高須さんのイベントを手伝わせますから」と調子よく告げてくれた。既に上機嫌だった高須は、「おう、よろしく!」と席を勧めてくれた。

 駆け出しのライターである私にとって猪瀬は、30代後半であの『ミカドの肖像』を書いたルポルタージュの先達であった。緊張しながら「あの、ライターをやっています、昼間たかしです。ルポライターになろうとしています」と、おそるおそる名刺を差し出した私に、猪瀬は興味を持ってくれた。いま、どういった雑誌で書いているのか。どういったテーマで書いていきたいのか。ライターだけで食えているのか……。そして、最後に猪瀬は「がんばりなさい」と言い、発売さればかりの著書『猪瀬直樹[戦う講座](2) 持続可能なニッポンへ』(ダイヤモンド社)をプレゼントしてくれた。緊張のあまり「サインして下さい」というのを忘れてしまったが、この本は本棚に今でも大切に保管している。

 元来、私は本に親しんで人生を送ってきた。その中でも、(たけ)(なか)(ろう)から(さわ)()(こう)()(ろう)、そして猪瀬直樹といった書き手のルポルタージュ、あるいはノンフィクションに魅力を感じてきた。ゆえに、私にとっての猪瀬は、彼がこの後に政治の道に転じてからも、業界の先達であり、人生の先輩であるという一点で揺らぐことはなかった。それは、今でも同じである。だからこそ、いま猪瀬が表現の世界に戻ってきていることに、嬉しさは尽きない。

 猪瀬との新たな巡り合わせの始まりは、2010年12月のことだった。

 当時、私は後の章でも記す東京都の青少年健全育成条例改定問題を取材していた。東京都が発案した、この条例改定案は「マンガの表現の自由を萎縮させる可能性がある」として出版社やマンガ家から猛烈な批判を浴びた結果、「マンガ規制条例」として新聞やテレビも大きく取り上げる一大問題となっていた。この時、猪瀬は東京都の副知事としてtwitterで、こう発言した。


 表現規制ではない。デマゴーグに踊らせられているだけ。だから書きたい作品を書きなさい、と言っているのです。(むら)(かみ)(たかし)のように、わたせせいぞうのように


 この発言を見た私は、すぐに「わかりました。ならば、その旨を取材させて下さい」と、猪瀬のtwitterにツイートしてみた。

 ツイートは、動物的な勘による反応であった。

 ルポライターを志向する自分は、ノンフィクション作家・猪瀬直樹への尊敬とは別に、この場面だけは見過ごしてはいけないと思った。自分が取材すべきと考えた相手は東京都副知事の猪瀬直樹だったのである。ルポライターという職業は政治家に対して、常に緊張感と一定の距離を保っていなければならない。

 ルポライターは、権力の側にある様々な事柄と対峙しなければならない宿命を背負っている。私が傑作だと思い、今でも何度となく読み返すルポルタージュに沢木耕太郎の『シジフォスの四十日』がある。革新派の()()()(りよう)(きち)都政時代、72歳の現職に対抗して、都知事選に出馬した43歳の(いし)(はら)(しん)()(ろう)の選挙戦を描いたルポルタージュである。この当時、沢木と石原はプライベートでは、良好な関係を築いていたという。にも拘わらず、作品の中で沢木は、石原を突き放すように描き、その一挙一動に選挙の敗因を追い求めた。相手が権力側の存在でなくとも、取材対象と緊張感のある蜜月関係を築いてこそ、こういうものが書けるのだと納得した。

 もちろん、猪瀬から返事が来るとは期待していなかった。だから、猪瀬が私個人にではなく、twitterを見ている全員に知らしめる形とはいえ、返信を寄こした時には驚いたのである。

 いくつかの言葉の後に、猪瀬は次のように書き記した。


 まだ言いたいことがある。ネトウヨは財政破綻した夕張を助けに行け。雪かきして来い。それならインタビューを受けてもよい


 これに対して、私は「夕張には毎年行っています」と返答した。本当のことを記すと、それまで夕張を訪れたことは二回であった。初めての夕張は2006年の2月。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭を取材するためだった。そして、2009年には、私が脚本を執筆し、増田が監督した映画『おやすみアンモナイト 貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』が、フォーラム・シアター部門の招待作品となり、公式ゲストとして招待され、取材を兼ねて訪れていた。

 この間に、夕張市は財政再建団体、すなわち自治体としての破産に至っていた。2006年の映画祭では、街を挙げて豪華なパーティーまで開催されていた。しかし、有志の手によってなんとか映画祭が復活を果たした2009年には、豪華さのかけらもなかった。多くの人が映画祭を目当てにやってくることを地域の人々は喜んでいた。けれども、未来への希望はなかった。出口のないトンネルの中でもがく夕張市の実情は、僅かな滞在期間でも痛いほど伝わっていた。

 それともうひとつ。私は、猪瀬に取材しなければならない理由があった。この時、私が日に日に変化する都条例改定をめぐる取材記事を掲載していたのは、『週刊プレイボーイ』であった。最初に電話をもらった時は、一回きりの掲載。それが、気がつけば毎週モノクロの巻頭扱いで掲載される人気記事になっていた。そこまで評価してくれた編集者の気持ちに応えるためにも、なんとか猪瀬へのインタビューに辿り着かなくてはならないと思っていたのだ。

 あまり間をおかず、猪瀬とのやりとりは注目を集めた。当時、私が利用していたtwitterのアカウントは、共同編集人をやっていた専門誌『マンガ論争』のものだった。アカウントは共同運営だったが都条例の関心の高まりの中で、私は最新情報を毎日のように書き続けていた。ちょうど()()(だい)(すけ)の『twitter社会論〜新たなリアルタイム・ウェブの潮流』(洋泉社)が話題になっていた時期でもあり、twitterを使った情報発信は、フィールドワークとしても重要だったのだ。

 私はあくまで取材の一環だと思っていたのだが、twitterの発言を見た人々は大いに盛り上がっていた。
「昼間さんが雪かきに行って、インタビューに成功することを期待していますよ」

 そんなことをつぶやく人だけでなく、夕張市に直接、電話をして雪かきボランティアができる場所を尋ねる者も出てきた。そうして、年の明けた1月に早速、雪かきボランティアに出かける知人から同行を提案されたものの、東京での取材と執筆が続いていたので丁重に断りを入れた。

 こうして2011年の2月末、『週刊プレイボーイ』の編集者と共に私は夕張を訪れた。現地を訪れる数日前に、映画祭のフェスティバルディレクター澤田直矢と電話で話す機会があった。澤田とは面識はなかったが、「猪瀬さんとtwitterでやり合って、雪かきをすることになったルポライター」という話は伝わっていて驚いた。

 雪かきの当日は晴天であった。案内された夕張市社会福祉協議会の車庫の屋根にハシゴで上り、一メートルほど積もった雪をスコップですくい上げて、車庫の脇へと下ろす作業をした。一時間ほど作業を続けていると、上着の中は汗でびっしょりになり、最後はTシャツ一枚になり作業を終えた。

 無事に雪かきを終えたことを報告すると猪瀬はすぐにも会おうと、段取りを取ってくれた。ところが、その直後に起きた2011年3月11日の東日本大震災で、面会はしばらく延期になった。震災にまつわる混乱の中で雪かき云々の話題に注視する人もパッタリと途絶えた。

 混乱の中で、私の興味も別へと移っていき、猪瀬に会いたいという思いだけが残った。


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