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狂暴国家 中国の正体
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ルポ・エッセイ
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民族問題発生のメカニズム

『狂暴国家 中国の正体』
[著]楊海英 [発行]扶桑社


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 世界各国に民族問題が存在する今日の状況は、「民族自決」という理念が実現していないからであるということに尽きます。民族自決とは、自民族のことは自分たちで決めるというフランス革命以来の理念です。フランス革命の理念の多くは、それ以降の人類の普遍的な理念になりました。しかしながら、人権尊重や民主主義などはすでに多くの国で実現されていますが、おそらく唯一と言っていいほど実現していないのが民族自決ではないでしょうか。しかも、世界を見渡すと、この民族自決がいまだに解決できていない、実現できていないのは主として社会主義国家においてなのです14


 ソ連は自国領内に三〇〇以上、中国は五六のさまざまな民族が住んでいるという事実を公認しました。民族の存在を認めるということは、民族自決を彼らなりに当初は認めようとしたと理解できます。


 ソ連の場合は、三〇〇以上の少数民族に対して彼らにも民族自決権があると明言し、さらに憲法に分離独立権を認めるという条文を盛り込んでいます。後述するように、ソ連は少数民族を「ランク分け」して、それぞれのランクに応じた自治権を与えて、少数民族を統治しました。そのため、民族によっては、比較的大きな自治権を持つ場合もありました。とはいえ、頂点に位置するロシア人が少数民族を差別、抑圧する構図に変わりはなく、現実として分離独立もほとんど不可能でした。ただし、そうした法的根拠が付与されていたからこそ、ソ連は一九九〇年に流血の事態を招くことなしに解体することができたのだと思います。すでに民族自決への下地があったので、民族間で殺し合いをすることなく、それぞれが独立国になることができました。私は一九九〇年のソ連崩壊は、ソ連圏の諸民族の真の意味での民族自決の実現だったと考えています。


 一方、中国共産党が「民族自決」という言葉を一九二〇年代の建党当初から掲げていたのは周知の事実です。中国共産党は国民党と争っている間は、国民党が否定する民族自決を自分たちが実現するために努力しているかのように主張していました。毛沢東は、モンゴル、ウイグル、チベットは「中華連邦」を構成する一員として、独立を容認するとはっきり言っていたのです。


 ところが、一九四九年に内戦に勝って政権を握ると「アメリカ帝国主義が新疆とチベット、それに内モンゴルの分離を画策しているので、民族自決ではなく区域自治に変更する」と一方的に政策を転換させました。諸民族からすれば、それまでの民族自決の約束は、所詮はフロンティアの人々の離反を食い止めるための方便でしかなかったと映りました。


 中国の場合、一党独裁の国ですから共産党が権力を握っています。自治区でも自治州でも自治県でも、あらゆる自治地域では行政のトップこそ少数民族出身者が就いていますが、共産党書記は必ず中国人が占めています。これは少数民族に対するあからさまな政治的抑圧と差別です。行政は党が了承しなければ動けないので、これでは植民地と同じなのです。


 今となっては、最初から有名無実だった「区域自治」ですら中国人たちには我慢ならなくなったようで、「自治」の名を取りやめ「共治」を実施しようと奮起しています。実態は「共治」どころか、とっくに「漢治」であるにもかかわらず、中国人は少数民族に最後のトドメを刺して、「中華」に同化、回収することを目論んでいるのです。


 こうした実態を見れば、自分たちは騙されたとの思いが、ウイグル人やモンゴル人、チベット人の脳裏から消えません。中国はそうしたわだかまりを消そうともしないから、いつまでたっても民族問題が風化することなく存在し続けるわけです。


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