ソ連も憲法で民族の自決、分離独立権を認めてはいたものの、国内で少数民族の不満が完全に消えることはありませんでした。その民族問題が何に由来していたかについて、マルクスの友人であるエンゲルスが主張した「歴史ある民族と歴史なき民族」という有名な理論があります。
中央ユーラシアに居住する諸民族は総じて文化レベルが低いけれども、そのなかでも「歴史ある民族」と「歴史なき民族」に区分される、とエンゲルスは説きます。そして「歴史ある民族」は国家を持つ資格があり、「歴史なき民族」は他者の支配を受け入れるべきだというのです。同時にドイツ人であるエンゲルスは、ドイツ人が周辺ではもっとも優れているから、ハプスブルク領内の少数民族はウィーンの命令を聞きなさいというようなニュアンスも含ませていました。