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やくざと芸能と 私の愛した日本人
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エンタメ
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日本語が下手な恩人・金井さん

『やくざと芸能と 私の愛した日本人』
[著]なべおさみ [発行]イースト・プレス


読了目安時間:7分
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 昭和二十五(一九五〇)年六月二十五日、日曜日に、私は五反田に出来た映画館に出掛けていました。この帰り道の国電で、品川から蒲田までの間に聞いた会社員の会話から、朝鮮での戦争勃発と、その影響を知ったのです。


 その時得た、「(じき)に、金へん景気や糸へん景気が来るぞ」との情報から、近所の鉄屑屋の金井さんに確かめましたら、

「お前、と(ど)して、そんな話、知ってるか?」


 金井さんは驚いたのです。そして、もう自分達は半年も前から、あらゆる金属の廃品回収を命じられているのだと話してくれました。全て合点がいきました。

「金井さん、僕が持って来たら買ってくれる?」


 私の問いに、朝鮮人の金井さんは黙って頭に手を押し付け、やがて屈んでニッコリと笑ってくれました。


 子供心に、「男の約束」が暗黙の内に交わされた気がしました。



 そもそも金井さんと知り合ったのは、東京に戻ってから()ぐの時でした。


 学校へ通う道を三日も歩いたら嫌になって、道順を変えたのです。少し遠回りの方向に歩いたら、赤茶けた鉄の塊が山積みになった広い土地に行き当たりました。その鉄屑置き場を横切ると近道でしたから、どんどん入って行ったら大間違い。突然、眼前に大きな真っ黒な犬が飛び出して来たのです。


 短毛の黒光りする犬は、全身を低く沈め、唸り声も低く発し、牙まで()いていました。


 しかし、どうした訳か、犬という動物は、実に私に馴れやすいのです。少しも怖くないのです。その時も、「よーし、よし。よしよし良い子だ!」と、平気で頭を撫でてやり、「お手!」までさせてしまった訳です。

「ありゃりゃ!」


 大きな鉄管の中から出て来たのが金井さんでした。これが初対面で、以降毎日、行きに寄って〝黒〟を撫で、金井さんと話し、帰りに顔を出しておやつまで頂くのが楽しみになっていました。搬入や出荷で忙しい時は、〝黒〟と戯れて家に戻るのです。


 だから、その日も、何となく(ひらめ)いた考えを確かめに、金井さんのところへ行った訳。


 金属類が、屑でも金になるぞと知った途端、頭に浮かんだ場所は二つありました。一つは、近所にある工場跡地でした。そこはかなりの広さで、爆撃を受けて破壊された焼け跡で、私等の遊び場です。そこには従業員用の大浴場があったらしく、砕けたタイルの床や大きな浴槽が無残な姿を(さら)していました。


 私が目を付けたのが、風呂場に残っているカランです。湯や水道の蛇口です。これが何十と並んでいたのです。


 もう一つは、自分のところの工場敷地です。千坪を超える中央に工場が建ち、周囲は製品を置く場所になっていて、トラックがぐるりと回れるようになっています。空地も広く、ここで住み込みの若い衆の兄さん達が、手作りの球を使って野球をしていたのです。ところが、時々地面から金属片が出て来て、皆を邪魔して困らせていたのです。戦前、ここが旋盤工場だったため、抜き物の金属や切子が、やたらと埋まっていたのです。


 私の行動は早かったと思います。まず、近所の工場跡地に目を付けました。


 金井さんに借りた大きな金槌は、チビの私には重かったが、威力はありました。(いっ)(てき)でカランの首は飛びました。縦には振らず横に振ると、一発でした。


 正面玄関前には、横並びの水飲み場があったようで、この蛇口をも失敬しました。

「これは(しん)(ちゅう)だから高いよ!」


 リヤカーで運び込んだ蛇口の山を見て、金井さんが目を細めた。

「いいこと教えてやろう!」


 金井さんは、私に大枚の百円札をくれながら、台所に連れて行った。

「これ、見てみろ!」


 流しに取り付けた水道は、水道管がかなり剥き出しになっていた。その()(こう)して家の地面を這っている管を示しながら、金井さんは説明してくれた。

「細工しやすいように、家の中への引き込みは、やわらかい鉛管を使うんだ。まけ(曲げ)やすいからさ」


 明日からもう一度、カランに入って来るまでの鉛管を探してみろと言われた。大ヒントだった。学校も早引けして、作業に没頭した。


 浴場へは広いコンクリートの床で、太刀打ちが出来なかった。正門から水飲み場までも、しっかりコンクリートが敷き詰められていて、子供の手には負えなかった。私は浴場が壁面で仕切られた角地にあったことを思い、そのコンクリートの区切れの地面を掘ってみた。必ず引き込み場所があるだろうと思えたからです。


 こうなると夢中です。初夏の日の暮れは七時を過ぎます。昭和二十五(一九五〇)年の六月では、どこの家も夕飯が終わるのです。ところが、私は止められません。汗だくでシャベルを使い続けました。月光が降り注いでいました。

「カチン!」


 硬い物に当たった音です。もう壁面に沿って、何メートルも掘り進んでいたのです。夢中で掘りました。

「やったあ!」


 思わず、声が出たはずです。この時の感激は、今も胸に残っています。


 姿を現した管に行き当たった喜び、シャベルで打ち込むと簡単に切り込めて、鉛管だと判った驚き、さらに言えば、掘り出した部分が重くて持ち出せず、一度埋めて隠して、明くる日にぶつ切りにしてリヤカーで金井さんのところに運んだこと等、全てが昨日の事のように心に刻まれているのです。この時、手にした金銭は、子供心には天下を取ったように思えた額で、これがかなりの長期にわたり私の映画館通いを助けてくれたのですから。



 また、父の工場の掘り返しの方も、学校から飛んで帰ると、毎日やった。

「おさみは偉いね。地面を(なら)している」


 と、伯父が言ったそうで、会社の皆が讃美と敬意の眼差しで見てくれたのには、少々くすぐったくて困った。こっちは人の気づかぬうちに金屑をお金に換えているだけなのだもの。でも、煙突運搬用トラックのタイヤに、鉄片が突き刺さりパンクしたことが幸いし、私がせっせと庭を穿(ほじく)っていても、文句の一つも出なかった。

「おさみちゃん、助かるっちゃ!」


 工場長の江口の三郎さんに誉められたりしているうちに、リヤカー運びも終えてしまった。その頃、公園や学校の水飲み場から、蛇口がもぎ取られる事態が勃発し始めるのだ。マンホールの蓋や電線までが切り取られる社会現象が起こってしまうのだ。もう私はその時には、自分の金で映画を観ながら、次はどうやって(ただ)で観ようかとの思案にふけっていたのでした。



 金井さんは子供の私にもごまかしが無く、正当に払ってくれた。

「お前にはおとろく(驚く)なあ!」


 とよく言った。

「何しろ、この〝黒〟は人になつかない犬なのに、この子にはコロッた(だ)ものね」


 私は金井さんの友達に、金井弁の物真似をして喜ばれた。考えるに、後年、私が韓国系や朝鮮系の人と親しくさせてもらう源は、金井さんの影響だなと感謝しています。


 ちなみに、当時の屑鉄屋の売値は、鉄は一貫目で三十円。これが一番安い。一貫は三・七五キログラム、千(もんめ)だ。従って、百匁は三百七十五グラムだ。高いのは銅で、百匁八十円。真鍮は百匁六十円、鉛は百匁三十円だった。


 カランと鉛管と鉄片で稼いだ、小学五年生の私の実入りは馬鹿にならなかったと判ってもらえよう。これを小箱に入れて、押し入れの天井裏に隠した。私は床につきながら、何時でも天井を見つめてニンマリしていたと思う。


 兄姉妹と五人で寝ていたが、小箱に隠してある身上(しんしょう)メンコと札束を思うと、思わず笑みが出て、ついには声まで出して笑ってしまって兄に殴られたり、母に言いつけられたりした。でもこの頃は、母の私に対する心証は(すこぶ)る良く、相手にしてもらえなかったらしい。


 それも無理はなく、母の最大の悩みであった、毎日抜き取られる財布の中身が、近頃ピタリとやんでいる喜びの方が大きかったのだ。目星は私だと、母はつけていたのだ。


 どうしても毎日映画を観るためには、母から拝借するしか無かった私は、本当に毎日精を出して抜き続けた。一度に三十円でも、重ねれば大きい。それを判っていても抜き取りやすい場所に母が財布を隠してくれていた事まで、考え及んでいなかった。


 そう思える子なら、驚くほどの金を手にした時、そっと母の財布に今までの分を入れ直しておくはずだ。それなら小説になるだろう。残念ながら私には、その配慮に欠けていて、母を喜びで泣かせる事は出来なかった。


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