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やくざと芸能と 私の愛した日本人
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エンタメ
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渡辺プロ移籍を決めた勘違い

『やくざと芸能と 私の愛した日本人』
[著]なべおさみ [発行]イースト・プレス


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 昭和三十五(一九六〇)年の春に、ひょんなことから私は水原弘の付人になった。

「マナセプロを辞めて渡辺プロに行くから、俺と一緒に青雲の志を抱けよ」


 第一回日本レコード大賞受賞の人気歌手から、そう誘われて、心は揺れた。


 独立独歩の生活が、ラジオ番組の構成などで、やっと一息つけるところまで来ていた時だ。しかし仕事が入れば入るほど、喜劇役者になろうとする道が遠のいている時でもあった。


 最も江戸っ子が嫌う所作である金銭の高を、この時ばかりは死ぬ思いで声にしたのを覚えている。それきり自分から自分を値段で売る事をしていないから、忘れてはいないのだ。

「きゅうげつは幾ら下さる……」


 月給は?という意味のバンド言葉だ。人に判らせたくない時のバンド仲間の隠語だ。「月給は幾ら下さるんですか」と、目の前の大スターに聞くのは、はばかられたし、気後れもあった。


 幾らだよと言う代わりに、お水さんは私の目の前にすーっと片手を伸ばし、広げた五本の指から親指だけを折り曲げた。目の前に大きな四本の指が輝いていた。


 私は瞬間に肚を決めた。


 目の前の手が一本の線になって、私に近づいて来ていた。私も意を察し、右手を差し出した。二つの手がしっかり握られて、ここに師と弟子の縦の関係が樹立した。



 渡辺(しん)社長はこの話が好きで、銀座のクラブ「姫」へ呼び出されては、よく話をさせられました。その席には、ソニーの盛田昭夫社長さんだったり、ヤクルトの松園尚巳社長さんだったりが居たのでした。この話は、直情径行の若者を端的に表していて、皆が喜ぶのです。つまり失敗談だから。


 こうした人達も渡辺社長との親交で、キュウゲツ、セーミ(店)、ナオン(女)、ドンバ(バンド)などのベシャリ(喋り)を面白がって覚えておりました。

「エフ万か!」


 大ソニーの大社長が発した。

「エフ万だな!」


 ヤクルト球団オーナーも、隠語を手中にしていた。


 水原弘の付人になる頃、私は順調に仕事が増えていて、ラジオ番組の構成や冗談工房のコント書きに追われる毎日だったのだ。そして月に稼げるのが一万五千円ぐらいで、四帖半のアパート代四千五百円は払えていた。遊び代こそ無かったが、支払いにきゅうきゅうする事が無くなっていたのです。


 ですから、水原弘さんに誘われて、付人になって、四万の月収ならば、やっと余裕が出来るなと正直思いました。

「エフ万は大金だぞ、ナベ!」


 社長は知っていながら、私を乗せるのです。


 結局、四本の指は四千円でした。


 勝手に四万円と思ってしまった私ですから、この世界に潜り込んだそもそもから勘違いと早とちりの大失敗だったので、私の芸能界生活は案の定、順風満帆などは何処吹く風の連続となる訳です。

「四千円! 部屋が月四千五百円ですから、いきなり五百円の赤字でした!」

赤字花びら!」


 渡辺晋という人は、人を喜ばせ楽しませるのがエンターティナーで、エンターテインメントはこれを旨とすべしの信念を持っていました。私はこれを「晋念」だと考えていました。水原弘が「黒い花びら」で(ふう)()していた時代に、「赤字花びら!」と発せる人でした。

「目の前が真っ暗になりました!」

「暗い花びら!」


 ここまで来ると、ソニーの御大だって負けていません。私も「そうにィー!」とやりました。

「頭が真っ白になりました!」

「白い花びら!」


 これにはホステスさんまでが同時に発して、一同がどっと笑いに包まれる。


 渡辺晋社長のカッパ笑いが一際高く、「ケッケッケッ!」との間に、

「では、私は散りましょう」


 と消える。消え方を社長は愛でる。


 これがパターン!



 付人というのは、最下層のランクです。芸能界の中へ入れてもらうための見習期間にしかすぎません。どれだけ務めれば上に行けるのか等の保証なんて、まったくありません。


 無駄に過ごせば無意味だし、先を急げば誰も喜んではくれません。自分で道を付けるしか方法は無いと、一年もすれば判ります。


 歌手になりたい者、役者になりたい人、後年はタレントになりたいと言う若者が増えましたが、各人が自分の望む道を切り開くしか手はありません。付いた主人がビッグであろうとなかろうと、決してビッグチャンスなんて与えてはくれないのです。それが証拠に、大俳優や大歌手のもとから、有名スターが誕生していますか? それが実状です。


 私も弟子を持つようになって判った事です。気の利かない付人は何とか指導して、助けになる様に育てるのですが、育ってくると便利で手離せないのです。そこまでに二年とか三年の月日が掛かります。


 若者も飼い殺されてはたまらんと、この辺で転身を考えるのです。天下の分け目は、付人の間にどんな人に会っていくかに運命が掛かっていると、私は思っています。


 私は付人を五年間経験して、デビューしたのですが、実に素晴らしい人々に出会っていきました。これは私の生きている上で、常に現れる「本物」との出会いです。


 それは私への贈り物だと思いつつ、天に向かってこう願ってしまう私です。

「天よ! もう少し稼がせて下さいな!」


 これで何時も神様からそっぽを向かれているんでしょうね。

(せっ)()(たく)()だろ! あーん、なべ!」


 渡辺社長の十八番が聞こえてきそうだ。


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