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病室の「シャボン玉ホリデー」 ハナ肇と過ごした最期の29日間
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エンタメ
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八月三十一日(火) 入院十九日目 死んでたまるか!

『病室の「シャボン玉ホリデー」 ハナ肇と過ごした最期の29日間』
[著]なべおさみ [発行]イースト・プレス


読了目安時間:5分
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「父親がハナちゃんと同じ病気でね」


 ひとしきり血行運動がすんで、喫煙コーナーでキクさんが話し出した。


 この人は不思議な人で、ハナ肇の蔭の応援団長だと私は思っていた。必要以上に親しく出来ないのが私達の社会のしきたりでもあったから、詳しい事について何も知っていなかった。ところがこの入院から今日迄、一日も欠かさず夜食を運んで来てくれるのには、いかに接近を自粛しようにも、感謝を捧げないわけにはいかなかった。師匠と弟子の関係の場合、師匠のスポンサー的人達に、弟子は親交を慎むのが常道だった。だからキクさんが山口喜久二という名で健康食品の会社の社長としか知らない私だった。ここのローヤルゼリーは最高と評判なのは知っているが。

「酒を止めれば助かったんだけど、六十七歳で亡くなったよ。もう駄目だって、ボクが二十二歳の頃言われたのさ。ところがね、その時、ローヤルゼリーの生を、お尻から注入してね、半年も経たずに退院して、それから三年生きたんだ。酒さえ止めてくれたらね。二十六歳だったボクは、サラリーマン辞めてね、ローヤルゼリーを、日本で初めて糖衣錠剤として製品化して会社興したんだよ。ハナちゃんにはずっと協力してもらって来たんだ」


 ずい分昔から知っていたお互いだったが、話し合うのも語り合うのも初めてだった。


 おやじを取り巻く人々は、とても私などが真似も出来ない尽くし方をしていた。


 朝から二十四時間態勢で張り付いている渡辺プロの人々、シャボン玉ホリデーの時代からの友情を続けるゴーオ、そしてキクさん夫婦、クレージーキャッツのメンバー、そしてまだまだ足繁く通って来る人々が、ザ・ピーナッツの様に居るのだ。


 凄い人生を構築して来たのだと、思い知らされる毎日だった。


 王貞治さんから心配しての電話あり。これで何度だろう。あの人も多忙だろうに、優しい方だ。



 年前二時三十分。


 背中をなべに揉んでもらいたいと、目覚めたおやじが言っていると、ピーナッツさんが迎えに見えた。休憩所から戻る。



 何故かおやじの背中が、平たく、こぢんまりとして来た。私の手ばかりが大きく見える。

「なべさんには良くしてもらって、ありがとう」


 背中をさすっていたら、おやじが言う。


 私は又、日出ちゃん月ちゃんを見た。


 皆んな判ってますと、目が教えてくれた。

「何もしてやれないで悪かった」


 今度は、私は黙って自分の仕事を進めた。


 おやじに、何もしてもらえなかったなんてとんでもない。私はハナ肇の弟子だし、ハナ肇の庇護を受け世に出られたのだ。

「なべは強いよ。下手に助けるより、見ている方が為になるんだよ」


 と、おやじが友人に話していた事が度々あった。


 私が困って、頭を下げてお願いに行けば、駄目とは言えないおやじだったから、私は出掛けなかった。行けば迷惑を掛ける事も、あったはずだ。失敗だらけの私の人生だから。


 渡辺プロで出発し渡辺プロで終える、生え抜きの重鎮の不肖の弟子だった。(わきま)えなければならない事は守り通したかった。


 おやじに迷惑は掛けられなかった。


 その意地が、素直さのない、可愛気のない弟子だと思われた事だろう。


 心の奥の奥を正直に言えば、渡辺晋社長に出会え、ハナ肇を知り、私の人生は好運だったと思って生きているのだ。


 この病院に毎日通えるのも、人には見えない、(えにし)というものなのだ。それもこれも、全てが連環していてきっちり()められているのだと思う。


 ハナ肇は私の師匠で、私はハナ肇の弟子なのだ。


 それ以外の何ものでもない。


 (さす)りながら、そうさせてもらっている自分が、私はありがたかった。


 ピーナッツさんがじっと見ていた。



 ゴーオにおやじが言った。

「死んでたまるか!」


 何でか食ってかかり、起き上がろうとした。

「ハナちゃん()しなよ。死にゃしないよ」


 ゴーオも泣き出しそうだった。


 昼間、「皆んな死ぬの待ってるんだろ。死んでやるか!」そう言ったんだよと私に小声で話してくれていた時だったから、こちらが驚いた。(せっ)(かく)、用事をすませて深夜に訪れたゴーオだったのに悪い事をした。

「ここはどこだ?」


 辺りを見廻している。見えないだろうに。


 納得出来ない様子だ。


 クリーンな頭が一寸前にはあったのだ。歌手の角川博に言った文句は秀逸だった。

「良くそうやって、自分に合った柄の服、見つけて来るなぁ」


 誰が見たって驚く様な大胆な柄だった。トンボが目を回すような大きな渦が背広中に溢れていた。白地に墨痕鮮やかなデザインは、誰が着ても似合うというものではなかった。目も不自由なおやじが、どうやって見ていたのだろうと、私は今でも不思議だ。


 今おやじは、どうしても生きたいと必死なハナ肇と、こんな風に横になっているだけの、自分に嫌気がさして来ているハナ肇が同居している。


 三時四十五分、ゴーオ帰宅。病院で倒れるんじゃないかと心配するほど疲れている。


 ゆっくり寝て、一寸だけ来てくれれば良いからと言ったのだが、仕事との兼ね合いで四苦八苦している。ありがとうの一言です。



 朝五時、奥さん見える。


 朝六時、ピーナッツさん帰る。


 最高血圧 八七


 平均血圧 六二


 最低血圧 四八


 心拍数 九二


 少し心配でナースセンターへ心臓の動きを見に行ったら、安定していた。


 昼間、山田洋次監督から電話あり。


 時々はっきり話している容態を話すと、

「これで安心して九州へ行って来ます。頑張っていて下さい」


 そのまま、おやじの耳へ伝えた。恐らく聞いていると思う。



 おやじ、死ぬなんて三年早いぞ。よっ! よっての!


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