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プロデュース入門―オリジナリティが壁を破る
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§1−5 監修

『プロデュース入門―オリジナリティが壁を破る』
[著]平野暁臣 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:22分
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§1-5 監修

「監督」の仕事をウォッチする


 スタッフの陣形を整え、コアメンバーに行動指針を示したら、それぞれの担当ごとに具体的な作業が動き出す。いよいよプロジェクトが机の上から制作現場へと出て行くわけだ。


 プロデューサーの仕事も、彼らの作業が目論見通りに進んでいるかどうかをチェックする段階に移る。「針路を外れていないか」「クォリティやテイストは期待通りのレベルにあるか」「予算やスケジュールは許容範囲に納まっているか」等をウォッチし、軌道修正すべき状態にあればその指示を出す。


 各パートの個別詳細な作業をひとりで監督するわけではない。それはディレクターの仕事だ。映画の世界を考えるとわかりやすいが、作品の中身に責任をもつ監督=ディレクターと、作品制作そのものに責任をもつプロデューサー=制作者とははじめから役割が違う。現場でメガホンを取り、実際に中身を詰めていくのは監督の仕事である。その周りで照明や美術などさまざまな専門職能が制作現場を支える。


 プロジェクトの場合もまったく同じだ。六本木ヒルズのファーストクリスマスでも、映像の具体的な構成と演出を考え、その制作プロセスを監督したのは福井だし、照明の演出展開をイメージしながら機材を選定し、それを実際に現場でプログラミングしたのは伊東であって、ぼくではない。それぞれの担当分野を実際に指揮監督したのは彼らだ。


 彼らのように担当分野を統率するプロジェクトのコアメンバーを、ぼくたちは映画監督と同じく「ディレクター」と呼ぶ。クリスマスのケースでいえば、福井は「映像ディレクター」、伊東は「照明ディレクター」、鎌田は「美術ディレクター」、金子は「演出ディレクター」、芳谷は「進行ディレクター」だったわけだ。文字通り、担当分野を「監督」する役回りである。


各パートを束ねる接着剤に


 もっとも、プロジェクトにおけるディレクターと映画監督では立場やニュアンスがだいぶ違う。映画の世界では、監督は絶対的な存在として現場に君臨し、クリエイティブに関するすべての指揮権を与えられている。美術や照明も監督のコントロール下にあるし、監督はそれらのすべてを含めたクリエイティブ全体に対して責任をもつ。


 これに対して、プロジェクトの場合には、各パートの相互関係はよりフラットだ。それぞれのパートは互いに反応しあう間柄にあるものの、ひとつのパートが他を一元支配するという関係にはならない。クリスマスのケースを思い出して欲しい。映像と照明のように一体運用されるパート群において「どちらを基軸に演出シナリオをつくっていくか」といった程度のソフトな主従関係が生まれることはあっても、映像が出演アーティストを選ぶわけではないし、アーティストが決まれば自動的に舞台美術のありようが決まるわけでもない。

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