『プロデュース入門―オリジナリティが壁を破る』
[著]平野暁臣
[発行]イースト・プレス
右手でリスクを引き受け、左手でリスクの芽を摘む
プロデューサーとは、プロジェクトという航海に臨む船長のようなものである。どんな海に漕ぎ出すかは自由だが、当然ながら選んだ航路によって景色も違えば得るものも変わる。未開のルートを開拓して新天地を目指すのか、波のない近場を往復するだけなのか……。
誰も辿り着いていない地点に一番乗りできれば大きなリターンが期待できる。ただしそれはリスクと引き換えだ。一方、人と同じ安全な道をなぞるだけではリスクがない代わりにリターンも小さいから、プロジェクトは大きな力をもたない。
これはクリエイティブなプロジェクトのジレンマであり、宿命でもある。成功事例を真似たり成功体験をトレースすることは簡単だけれど、それではやる意味がない。クリエイティブなプロジェクトが「新しい価値」を生み出す営みである以上、既存のレシピ通りの料理をつくったところでリスペクトされないし、共感も得られないからだ。ルーティンの事業と違ってプロジェクト型事業では、基本的にリスクのないところにリターンはない。
他から一歩抜け出たいなら海図のない海に乗り出すしかない。前例の焼き直しという誘惑に背を向け、マニュアルやレシピを破り捨てる。途中で嵐に遭遇するかもしれないし、氷山の群れが待っているかもしれないけれど、それを覚悟して漕ぎ出す。あえてリスクを引き受ける。
もっとも、だからといって目をつぶって運を天に任せるわけではない。船長は自らの経験と技術を駆使して、危険を回避しながら船をコントロールする。いわば事前にリスクの目を摘んでいくわけだ。
すなわち未開ルートを進む船長には「右手でリスクを引き受けながら、左手でリスクの芽を摘む」ことが期待されているということになる。プロデューサーもまったく同じであって、できる限り失敗要因を排除しながら、リスクを取ってリターンを狙う。
むろん「どこまでリスクを取るのか、取るべきなのか」についての標準解はない。基本的には戦略の問題だし、プロジェクトを取り巻く環境やクライアントの性格によっても違う。真っ先に考えるべきことが「どうすることがクライアントの利益なのか」であることも変わりがない。
とはいえ前例を真似るだけで成果を得ることはできないし、一切のリスクなしにプロジェクトが成り立たないことも確かだ。少なくともクリエイティブなプロジェクトにおいては「右手でリスクを引き受けながら、左手でリスクの芽を摘む」ことが避けられないと覚悟すべきだろう。
「予測力」と「調整力」が決め手
「リスクを引き受ける」ことと「リスクの芽を摘む」ことは一見矛盾する関係にみえるけれど、必ずしもそうではない。