『アベノミクスを阻む「7つの敵」 消費増税と「トンデモ経済学」を論破する』
[著]上念司
[発行]イースト・プレス
前章の公共事業万能論と双子の兄弟のような関係にあるのが産業政策万能論です。東京大学教授の伊藤元重氏によると、産業政策とは「一国の産業間の資源分配、または特定産業内の産業組織に介入することにより、その国の経済厚生に影響を与えようとする政策」とのことです。これは政府が市場に介入し、さまざまな資源の分配を決めて特定の産業を育成できるという、政府の中の人(エリート)が神のように賢いという思い込みに依拠しています。
産業政策万能論というのは公共事業万能論と同じく、金融政策だけでは日本経済を復活させることはできないという金融政策無効論を前提としています。その基本的なレトリックは構造的に公共事業万能論とまったく同じなので、簡単にまとめておきましょう。
①金融緩和してもお金の行き先は決められないので、需要がないかぎり、その資金は銀行に積み上がるだけ。
②積み上がったお金は株や為替に流れてバブルを生む。
③国が産業政策を推進してお金の行き先を決めることで実需を生む。
④デフレとは需要より供給が上回っている状態なので、実需が膨らめば、自然にデフレは解消する。
お読みいただければわかるとおり、③の国が推進する政策という部分を公共事業から産業政策に置き替えただけです。もちろん、①と②は日銀理論、③は社会主義計画経済、④は一面的には正解という全体像は変わりません。おっと、もう論破してしまった……やはりゾンビは1体だけだと弱いですね。
さて、前述の伊藤氏によれば、産業政策には四つの特徴があるそうです。
まず一つ目の特徴は、一国の産業構造に影響を与えようとする政策であるということです。たとえば、貿易とか直接投資のような具体的な活動に補助金や優遇税制などの便宜を図ったりします。また、特定の産業を育成するために衰退産業からの資源の移転や調整などを援助するという場合もあります(そんな調整ができるかって? もちろん無理です!)。
二つ目の特徴は、技術開発や不完全性等にともなう、市場の失敗を是正する政策です。情報を提供したり補助金や税制による政策手段を用いたりすることによって、さまざまな形の市場の失敗を是正し、資源分配を好ましい方向に誘導します(そんな誘導ができるかって? もちろん無理です!)。
三つ目の特徴は、個別の産業組織に行政的に介入して経済厚生を高めようとする政策であるという点です。具体的には不況時にカルテルを設定したりして産業を保護することです。その手段は価格カルテルとか、設備投資カルテルとか、産業内の競争構造の緩和とか、そういったものになります。外貨やエネルギーの割当といった資源分配に直接介入して業界秩序を乱さないというような政策なども含まれます(そんな理想的な割当が可能かって? もちろん無理です!)。
四つ目の特徴は、産業政策が経済的根拠よりはむしろ政治的要請にもとづいて取られるという点です。これは貿易摩擦とかそういうものに対処するために輸出の自主規制を行ったり、多国間協定を締結したりすることなどがこれにあたります(そんなバカなことあるかって? いえいえ、これはよくある話です)。
とはいえ、これら四つの特徴を持った産業政策がその意図したとおりの結果を出すことができるかどうかはまったく別問題です。結論的に言えば、ほとんどの場合、意図した結果にはならなかったというのが歴史の真実です。