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世界で一番恐ろしい世界地図
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歴史
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奇怪な姿の人骨が出土した首切り儀式の地――殷墟〈中国〉

『世界で一番恐ろしい世界地図』
[編]歴史の謎を探る会 [発行] 河出書房新社


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 (いん)といえば、「(しょう)」とも呼ばれる中国の古代王朝である。かつて、その存在は伝説にすぎないとする説もあったが、中国河南(かなん)安陽(あんよう)市を中心に、殷の時代後期の遺跡群が出土し、その実在が明らかとなった。

 その殷の遺跡群は、殷墟(いんきょ)と名付けられた。そして、研究が進められるうち、殷墟は世にも恐ろしい地であることがわかってきた。

 殷墟から多数の人骨が出土し、そのなかから首なしの人骨がまとまって発見されたのである。

 首なしの人骨は両手を後ろ()(しば)り上げられ、うつ伏せの格好になっていた。しかも、その多くは、少年たちの人骨だった。そして、その首とおぼしき頭蓋骨(ずがいこつ)が、墓室の中央に並べられていた。

 首なしの人骨は、殷墟で首切りが行われていたことの動かぬ証拠である。首切りは、刑罰ではなく、神を(まつ)るための儀式として行われていたと推定されている。

 殷の王は、卜占(ぼくせん)を主宰し、神の意志を人々に伝える者であり、死後は自身も神となった。その神を祀るには生贄(いけにえ)が必要だったのだ。

 犠牲(ぎせい)になったのは、殷王朝から敵視されていた(きょう)などの異民族の民だった。彼らは戦争で捕虜(ほりょ)となったり、狩られたりして、この地に集められ、首を落とされたのだ。

 殷が好んで集めたのは、少年をはじめとする男性の首である。男の首には、神の力を強める力があると信じられたからのようだ。殷墟が、殷王朝の最後の首都だったかどうかは判明していないが、この地が殷の国力を高める呪術(じゅじゅつ)の地だったことはたしかである。

 だが、その意図(いと)とはうらはらに、殷王朝は首切りの儀式が原因で滅亡したともいえる。殷の最後の王である(ちゅう)王は、酷刑を好んだ暴君として知られているが、じっさいは周辺の異民族討伐に力を注ぐ王だったようだ。なかには、殷墟で生贄とされた異民族も当然いただろう。

 紂王は、その異民族討伐に熱を入れすぎ、国内をがら空きにしてしまった。その(すき)をついたのが周であり、殷は前1050年頃、周によって攻略され、紂王は自殺に追い込まれてしまう。間接的にせよ、殷墟での生贄の儀式が、殷王朝を滅ぼす結果を招いたのである。


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