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許せないという病
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生き方・教養
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おわりに

『許せないという病』
[著]片田珠美 [発行]扶桑社


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怒りがなければ、今日の私はない


「許せない」という病についていろいろ考察してきましたが、書きながら痛感したのは、私自身が長い間この病に侵されていて、しかも現在も完治しているわけではないということです。


 これは、「はじめに」で触れたように、母と祖母に対して、どうしても「許せない」という思いを抱いているからですが、それにしても、私には「許せない」を引きずる人の特徴が結構あるように思われます。


 この年齢になってまで母や祖母を「許せない」と思っていること自体、「許せない」という病をこじらせている何よりの証拠でしょう。とくに祖母は、亡くなってから20年以上経つわけですから。


 ただ、私の外来を訪れる女性の中には、60代、場合によっては70代であっても、「いまだに、亡くなった母を許せなくて、悩んでいます。子供の頃に言われたことや、されたことを思い出すたびに腹が立って……」とおっしゃる方もいるので、「許せない」という病が慢性化することは結構あるのではないでしょうか。


 大切なのは、自分が抱いている「許せない」という気持ちときちんと向き合うことです。こういう厄介な気持ちを自覚するのは、誰だって嫌ですが、そうせずに、「許さなければならない」などと綺麗事を並べ立てていると、かえって「許せない」という病がこじれることになりかねません。

「許せない」という気持ちが自分自身の中にあることに気づいたら、だいたい三つの出口があるように思われます。


 まず、最も健康的で望ましいのは、「許せない」ことをした、あるいは現在もしている相手に対して、「自分の気持ちをきちんと伝えてやめさせる」ことです。そうすれば、怒りの原因になった問題を解決したり、現状を改善したりできるでしょうから、一番理想的です。


 もっとも、相手が自分より強い立場にある場合は、自分の気持ちを伝えにくいかもしれません。せっかく勇気を出して伝えても、反省も謝罪もせず、全然改めようとしない相手だっているでしょう。むしろ、そういう相手のほうが多いかもしれません。だからこそ、「許せない」という思いが一層募って、みんな悩むわけです。


 そういう場合は、「距離を置く」しかないかもしれません。友人であれば、できるだけ付き合わないようにする。職場の上司や同僚であれば、異動願いを出すとか、場合によっては転職するとかして、顔を合わせないようにするのです。


 家族が一番難しいですが、どうしても「許せない」相手とは別に暮らすしかない場合もあるように思います。「許せない」のが親であれば、経済的に自立する道を探って、一人暮らしを始める。「許せない」のが夫あるいは妻であれば、別居か離婚の選択をするわけです。

「自分は全然悪くないのに、その自分がなぜそんなことまでしなきゃいけないのか」と、いぶかる読者の方もいらっしゃるかもしれません。ただ、「許せない」という思いを引きずり、ルサンチマンを募らせながら、一緒に働いたり暮らしたりしていると、悲劇的な結末を迎えてしまうことさえあります。その典型例が“家族同士の殺し合い”です。


 警察庁のまとめによると、2013年の殺人事件検挙件数のうち、被疑者と被害者の関係が親族間である割合は53・5%でした。実に半数以上が“家族同士の殺し合い”という衝撃的な数字が出ているのです。


 殺人事件は戦後、1950年代から減少し続けているのですが、親子、兄弟、配偶者同士などの「親族間」の殺人に目を転じると、事情が大分違います。2003年までの過去25年、親族間の殺人は検挙件数全体の40%前後で推移してきたのですが、2004年に45・5%に上昇しました。以後の10年間でさらに10ポイント近く上昇し、2013年には53・5%まで増加したわけです。


 もちろん、その背景には、「超高齢化による老老介護」や「長引く不況による経済的困窮」などの事情があるのでしょう。ただ、「親を介護していて、子供の頃に感じた『許せない』という怒りがよみがえり、介護殺人をしてしまうのではないかと不安」とか「寝たきりの夫を介護していて、『若い頃は浮気ばかりしていたくせに』と思うと、どうしても許せず、虐待しそうになる」という患者さんの訴えを聞いていると、「許せない」という思いを抱えながら、一緒に暮らし続けたツケが回ってきているように、私の目には映るのです。


 さらにもう一つの出口としてお勧めしたいのが、「怒りをバネにして、『許せない』相手を見返すために頑張る」ことです。


 青色発光ダイオード(LED)の開発で2014年のノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんが、記者会見で、研究の原動力について「アンガー(怒り)だ。今もときどき怒り、それがやる気になっている」とおっしゃったとき、私はびっくりしました。私も同じように怒りを前向きのエネルギーに転換してきたからです。

「怒りがなければ、今日の私はなかった」とも冗談交じりにおっしゃいましたが、いろいろ確執があった元勤務先を見返せるだけの成功をおさめたからこそ、口にできる言葉です。これこそ、「許せない」相手に対する怒りの理想的な解決策だと思いました。


 私も、祖母や母を「許せない」と思い、怒りだけでなくルサンチマンも募らせてきましたが、だからこそ見返すために、「物書き」として認められたいと必死で原稿を書いてきました。


 これは、私を医学部に進ませた選択は正しかったと確信している母への復讐を果たすためにも、必要なことでした。


 処女作を出してから10年以上全然売れなかったのですが、罪悪感をかき立てる達人だった祖母、そして自分の思い通りに娘の人生を支配しようとした母を観察していて気づいたことに基づいて書き上げた『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)が、26万部突破のベストセラーになったのです。


 この成功と、それによって得られた幸福によって、祖母や母を「許せない」という気持ちにもうそろそろけりをつけてもいいかなと、やっと最近思えるようになりました。ですから、「幸福こそ最大の復讐」という言葉は正しいと、身をもって感じているわけです。


 この経験から実感したのは、怒りはものすごいエネルギーになるということです。ただ、怒りのエネルギーを生産的な方向に向け変えるためには、やはり怒りが自分の心の中にあるということを認めなければなりません。もちろん、「許せない」という気持ちもです。


 怒りも、「許せない」という気持ちも、誰の心の中にも多かれ少なかれあるものなのですから、それを受け入れたうえで、少しでも前に進んでいただきたいと思います。



 なお、本文中でしばしば引用したラ・ロシュフコーの毒を含んだ言葉は、


 La Rochefoucauld :“Maximes et Réflexions diverses”Flammarion 1977


 を参照しました。



 本書刊行に際しましては、扶桑社の書籍・ムック編集部の秋葉俊二編集長と小川亜矢子副編集長に大変お世話になりました。深謝いたします。



 2015年12

片田珠美

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