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決定版 人物日本史
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歴史
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17 北条時宗……元寇から日本を護った揺るがない胆力を持った武将

『決定版 人物日本史』
[著]渡部昇一 [発行]扶桑社


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蒙古のフビライからの手紙と文永の役


 (ほう)(じょう)(とき)(むね)(一二五一~一二八四)は五代執権北条(とき)(より)(一二二七~一二六三)の次男で、別名を相模太郎といった。七歳にして六代将軍(むね)(たか)親王から時宗という名をもらった。子供の頃から弓の腕が極めて優れていたといい、鎌倉の極楽寺であった()(がさ)(がけ)という、馬に乗って笠をかけて弓を射る行事に出たところ、皆ができないので時頼から「お前、やってみろ」といわれ、一発にして的に当てた。そのときの年齢が十七歳。そもそも武人としての素質があったのである。時頼も「この子は継業の器あり」と期待していた。ただ、時頼が剃髪して仏門に入るときにはまだ幼かったので、六代、七代の執権職は親類の北条(なが)(とき)(一二三〇~一二六四)、北条(まさ)(むら)(一二〇五~一二七三)に渡すことにした。


 文永三年(一二六六)、将軍の宗尊親王が幕府の転覆を計画し、家来が北条家の嫡流である時宗を殺そうとした。それで時宗は北条政村や北条(さね)(とき)(一二二四~一二七六)らと相談して、宗尊将軍を廃止して京都へ送還し、その子で三歳の(これ)(やす)親王を将軍にすることにした。


 文永五年(一二六八)の元旦に蒙古の属国となっていた高麗の使者が国書と蒙古の手紙を持って九州の大宰府を訪れた。大宰府はこの高麗の国書と蒙古の手紙を幕府に届け、幕府はこれを朝廷に届けた。その手紙の内容は蒙古(元)への服従を求めるものであったが、『大日本史』には、この手紙のことが詳しく書いてある。


 それによると、亀山帝の文永五年、高麗の臣の(はん)()という者が国書及び蒙古の手紙を持ってきた。蒙古の手紙の最初には「大蒙古国皇帝、書を日本国王に奉る」とあった。その内容はというと、「高麗はすでに蒙古に服従して、蒙古の東の藩になっている。日本は高麗とよく通じていて、また時には中国とも通じているようだが、我が国とはいまだに通じることがない。だから日本についてよくわかっていない。そこで、使いに手紙を持たせて日本に送り、我が国の考えを伝えることにする。こいねがわくは、これから先、友好を結んで共に仲良くしようではないか。

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