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決定版 人物日本史
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歴史
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あとがき

『決定版 人物日本史』
[著]渡部昇一 [発行]扶桑社


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 三十年ぐらい前に、オーエン・バーフィールドの著書によって、「国史」と「歴史的事実」は異次元のものであることを知った。歴史的事実は毎日、毎時間無数に起こる。これをだいたいまとめるのが新聞である。


 しかし、新聞を重ねただけでその国の歴史の姿が見えてくるかといえば、そんなことはない。無数の歴史的事実をどう選択するかが必要なのである。このことについてバーフィールドは、卓抜した比喩で次のような主旨のことを述べている。


 歴史的事実は雨後の空中に残る小水滴の如く無数にある。そこで「虹」を見るためには特定の方向と距離がなければならない。そうしてある国民の目に見えた虹がその国の正史、つまり共有される国民的認識なのである、と。


 現代の科学的歴史学者は人物を扱うのを好まない。経済状況とか社会制度とか「歴史の下部構造」といわれるもの、つまり歴史的事実という水滴を調べるのが好きなようだ。もちろんそのことに価値はある。そこから科学的な理論を作り上げることもできよう。


 しかし「人物」には自由意志があって、どういうふうに決断するかは予測がつかない。つまり「科学」になりようがないのだ。科学的歴史学者は人物を重視したがらないように見えるのもそのせいであろう。


 しかし常識的にいって、歴史は人物が作ってゆく。下部構造だけで人間の歴史にはならない。動物史や植物史の説明ならば主体になるものは不要だ。恐竜や狼やチンパンジーの歴史には、その群れのリーダーの名前は不要で、客観的条件のみ問題になる。


 人間の歴史は何といっても人物だ。人物が歴史を作るのだ。たとえば水戸(みつ)(くに)の『大日本史』の中身は「大日本人物史」だ。(とく)(とみ)()(ほう)の『近世日本国民史』は「近世日本人物史」である。そんなことを考えている私に、三十人ぐらいの人物を選んで「人物日本史」のような本を作りたい、という案が育鵬社の大越昌宏氏から提供された。私は喜んでその企画に賛成した。


 取り上げられるべき三十人を選んだのは大越氏である。育鵬社の歴史教科書編纂の担当だった人だから、これは適任であった。私が選べば(へん)()になるおそれがある。それで私の提案で選んだ人物は二人ぐらいであった。


 どういう人物を選ぶかは、どういう人物が日本という国の歴史を作り、かつ伝えてきたか、ということにつながる。前に述べた虹の比喩に従えば、日本史の虹を構成してきている人物ということになる。もちろん三十人という限られた数であるから、もっと他にも取り上げたい人物はいっぱいいる。しかしここに登場する三十人だけでも日本人の歴史という虹は見えてくるように思われる。


 本書は四回にわたって大越氏に口述したものである。登場人物に対する敬語は原則として省略させていただいた。その厄介な原稿をまとめてくださった大越氏の労に深く感謝します。



 平成二十八年正月

渡部昇一 

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