『巨人軍の巨人 馬場正平』
[著]広尾晃
[発行]イースト・プレス
馬場正平が少年時代に発症した病気は「脳下垂体腺腫(下垂体腺腫)」と言う。
この宿痾が、馬場正平をジャンアント馬場たらしめたのだ。
「『脳下垂体腺腫』は、良性の腫瘍です。でも、なぜ腫瘍ができるかはわからない。少なくとも遺伝ではない。他の腺腫の原因がはっきりしないのと同様です」
東京労災病院院長、寺本明は明快に言った。
寺本は、1973年東京大学医学部卒業。日本医科大学脳神経外科主任教授、同大学医学研究科長などを歴任。脳神経外科の世界的権威であり、間脳下垂体疾患の臨床、特に経鼻的下垂体手術の第一人者。もし、馬場が現在この病気にかかっていたら、寺本の治療を受けた可能性が高い。日本脳神経外科学会、日本間脳下垂体腫瘍学会の理事長を務めた。
寺本は、奇しくも馬場正平が讀賣巨人軍の選手になった後に、下垂体の腫瘍を取り除くために開頭手術を受けた東京大学医学部外科の清水健太郎教授の孫弟子にあたる。
脳下垂体は、頭蓋骨のほぼ中心、眉間から奥に向かって7センチ前後のところに位置し、脳から細い茎でぶら下がっている。文字通り脳から垂れ下がっているので「脳下垂体」あるいは「下垂体」と言う。
正常な脳下垂体は、女性の小指の先端くらい。ごく小さな器官である。重さは1グラム以下。
脳下垂体は前葉と後葉に分かれていて、前葉が大きな容積を占めている。
小さな器官だが、脳下垂体は人間の成長、生命維持に決定的な役割を果たしている。
前葉からは成長ホルモン(GH)、母乳を分泌するプロラクチン、甲状腺刺激ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、性腺刺激ホルモンを分泌する。
後葉からは抗利尿ホルモン、子宮収縮ホルモンを分泌する。
脳下垂体腺腫は、この重要な器官にできる良性の腫瘍だ。つまり「脳腫瘍」の一種である。
脳下垂体腺腫は腫瘍ができる部位によって、さまざまな症状が現れる。
巨人症はいくつもある下垂体腺腫のうちのひとつであり、「成長ホルモン産生腫瘍」と呼ばれるものだ。
15歳までにこの病気を発症し、成長ホルモン(GH)が過剰に分泌されると、身長が異常に伸びて巨人症になる。体が大きくなるだけでなく、手足の先端が巨大化し、顔の形が変化する。
成人になってから発病すると、身長は伸びないが、額や顎が突き出て、手足が肥大化する。
成人になってからの病気を昔は末端肥大症と言ったが、今はアクロメガリー(Acromegaly・先端巨大症)と言う。
寺本は言う。
「骨端腺(骨の端にある軟骨が骨にかわってゆく境目の部分)が閉鎖する前である15歳までにこの病気に罹ると、成長ホルモンによって、骨が異常に成長して、巨人になります。骨端腺が閉鎖した15歳以降に発病すると、骨は伸びないで体の先端部分だけが大きくなります。
下垂体性の巨人症とアクロメガリーは、発症の時期が違うだけでまったく同じ病気です。私たちは、下垂体性の巨人症をアクロ・ジャイガンティズム(Acro-Gigantism)と呼んでいます」
顔の変形や手足の肥大化などの兆候があったうえで、男性は185センチ、女性は175センチ以上ある場合を、「下垂体性の巨人症」と認定する。
もっともこれは、日本人の基準であり、体格の異なる海外には別の基準がある。