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韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態
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政治・社会
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「西大門刑務所」恐怖が尊敬や感謝、そして憎悪に変わる狂ったメカニズム

『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』
[著]崔碩栄 [発行]彩図社


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 人口1000万人を誇る首都、ソウル市内に位置しており、人気のある「見学コース」のひとつに、西大門刑務所が挙げられる。西大門刑務所は1908年に建てられた、朝鮮最初の近代式刑務所で、日本統治期の朝鮮、そして終戦後の韓国における代表的な刑務所だった。施設の老朽化により1987年に閉鎖された後は、歴史館に改造され、青少年たちの「現場体験」の場として利用されている。


 歴史博物館としてリニューアルされたこの場所は、小学校から高校までの団体見学の場所として利用されているだけでなく、休日には両親に手をひかれ訪れる場所でもある。ここにあるのは、過去の監房、受刑者たちが使っていた食器、衣類などの展示コーナー、受刑者たちに行われたという拷問器具体験コーナーなどである。

「刑務所」の中では、ひどい拷問を受けたり、鞭で打たれ悲鳴を上げる朝鮮人の姿、そして鞭や棒を持ち朝鮮人を虐待する日本警察の姿が、等身大のマネキンでリアルに再現されている。さらに、以前は絞首台体験コースまで用意されていたのである。


 ここでの体験は間違いなく、お化け屋敷も顔負けの恐怖である。仮に、このノリで映画製作でもしようものなら、韓国以外の国では、おそらく子ども観覧可能等級と認めてはもらえないだろう。人間が苦痛と悲鳴に呻く姿を見て、いったいどんな肯定的な学習効果を得ることができるというのだろうか? 子どもは自分が飼っていた鳥やペットが怪我をしたり死んだとしても、大きな衝撃を受ける精神的に弱い状態の存在である。このような子どもたちに人間が苦しむ姿を見せ、絞首台に立つ極限の恐怖を疑似体験させるなどという行為は、サディストでもなければ到底できないだろう(さすがに「残酷すぎる」という意見が多かったため、2010年のリニューアルに伴い、絞首刑体験コースが無くなるなどかなりの部分が改修された)。


 以前の西大門刑務所を訪問した小学生の感想文138点を分析した研究報告書によると、子どもたちがここを訪れ、感じた最も強い感情は「苦痛」「恐怖」「残酷さ」だったという※1)。子どもたちの感想文の一部を紹介しよう。


「赤レンガに血が染みついているようだった。そこにあるトイレに行くのも嫌だった。地下室での拷問が苦しそうだった」


「(絞首台で)死ぬのを体験する人に私が選ばれたとき、面白いというより怖かった。じっと椅子に座っていると、突然椅子がゴトンッと、落ちていった。椅子が少し下がるだけでも怖いのに、首に縄を結び椅子が完全に落ちるなんて、私たちの国の人々はどんなに怖かったのだろうかと思った」


「烈士たちが拷問された映像を見た。爪と指の間を刺すのとか、電気椅子に座らせるのとか、狭い箱に閉じ込める拷問を見て私は恐怖を感じた」



 おそらく教育心理学者や精神科医がこういった感想文を見たならば、子どもたちを気遣うだろう。精神的ショックは、トラウマとなり子どもたちの将来にも、大きな影響を及ぼす可能性があるからである。しかし、韓国の子どもたちは、私が考えるよりはるかにたくましいようだ。


 子どもたちはこの恐ろしい場面を見て恐怖を感じるだけではなく、「こんな拷問にも屈しない烈士たちは本当にすごい」と感じ、それを尊敬の気持ちに変えているのである。さらに、痛みと恐怖が増すにつれ学生たちは、これに耐え抜いた昔の人々をより誇らしく思い、尊敬するようになるらしい。


「日本の人々は残忍なようだ。私たちの国の人々が、どんなに悔しく、かわいそうな状態だったかと考えた。私は、拷問されたその時代に生まれなかったことを本当にありがたく思う。そして我が国を守ろうと、あんなに大変な拷問を受けた人々をとても尊敬する」


「拷問は本当に恐ろしい。西大門刑務所へ行った後、私は拷問が怖くなった。私が昔の時代の人ではなくて、よかったと思う。もし私が昔の時代の人だったら、拷問を受けたかもしれないからだ。私は拷問の中で耳を切るのが、一番、気味が悪くて、怖いと思う。でも、あんなのに耐え、平和をもたらしてくれた祖先を誇りに思う」


「私たちの先祖たちは、私たちの国のために命を捧げた。あんなに陰湿な所で拷問を受けるなんて、どんなに恐ろしく、辛かっただろう? 私たちの先祖たちがあれをしたから、我が国がここまで来ることができたんだと思う。私たちの先祖たちに、たくさん感謝しなければいけない」



 恐怖を自ら克服し、尊敬と感謝をすることができる子どもたちの精神力は高く評価せざるを得ない。しかし、だからといって、この教育に「副作用」がない、というわけでもない。


 教師や親は、「見学」という美名のもとに、子どもたちを刑務所へ連れて行き、展示を見せながら、新しい記憶やイメージが、しっかりと「入力」されるよう手助けをする。だが、残念なことに彼らは、それがどんなふうに外部に「出力」あるいは「発散」されるのか、という点については、さほど関心を抱かず、注意も払わない。


 なぜ、このように言い切れるかというと、おそらく、教師や親が、この学習の副作用について関心を持ち、注視していれば、こういった学習を続けることについて賛成できるわけがないからである。学生たちは歴史博物館で祖先の苦難を目の当たりにし、尊敬と感謝の気持ちを抱くかもしれないが、それが消化され外部に再び現れる時には、隠れていた恐怖の恐ろしい「副作用」を伴っているということだ。それは「憎悪の暴走」である。



   ※1:『歴史教育研究2』「歴史的な場所の学習と過去の記憶の問題─小学生の歴史的な場所の再現分析を中心に」リュ・ヒョンジョン/韓国歴史教育学会/2005年12

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