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封印された鉄道史
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Episode:39 【民営鉄道を認める「私設鉄道条例」の罠】国の気分で買収された私鉄

『封印された鉄道史』
[著]小川裕夫 [発行]彩図社


読了目安時間:6分
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 明治5年に開業した鉄道は、商業と軍事の2つの要素で価値を認められ、日本全国に線路を延ばしていった。ところが、全国に鉄道網を整備するには莫大な資金が必要になる。明治政府は立ちあがったばかりで財政は厳しい。それだけに国が全国隅々まで鉄道を建設することは資金的に不可能だった。


 そんな中、ビジネスとして鉄道の持つ可能性に気がついた実業家は、自分たちの手で鉄道を建設、経営したいと政府に願い出る。政府にとってお金を出さずに鉄道が施設できるのは、願ったり叶ったりのことだった。


 ところが、後に鉄道の父とまで呼ばれるようになる井上勝が、鉄道はあくまで国が建設すべしとする「鉄道国有論」を説き、民間鉄道会社の設立に反対する。日本広しといえども、井上より鉄道で右に出るものはいなかった。鉄道政策において井上の意向には逆らえず、民間企業による鉄道建設の許可はなかなか下りなかった。


 そこで実業家たちは、政治家に働きかけることにした。当時の政治家の中には、三菱や三井といった財閥の支援を受けている者が少なくなかった。それらの財閥は、全国各地で炭鉱や製鉄事業を経営していた。石炭や鉄鋼を輸送するために、鉄道を何としても自分たちの手に収めたかったのである。


 財閥をはじめとする実業家は、政府に自分たちに鉄道を建設・経営させるように迫った。国としては企業が自分で鉄道を造ることに反対するつもりはない。ただ、民営がネックとなり、いざというときに政府の思い通りに鉄道を動かせなくなるのが心配だった。そこで政府は明治20年(1887年)に「私設鉄道条例」という法律を発令する。この条例は全41条からなり、民間事業者が鉄道を建設、経営する際の規定を定めた法律だった。


 条例の内容を見てみると、軌間は1067ミリメートルとすること、戦時や緊急事態が起きたときは政府の輸送を優先させること、政府の建設する鉄道が私鉄に接続・乗り入れするときは政府に決定権があること、そのときの手続きや運賃も政府が決めることができること、といった政府に都合のいい内容ばかりが盛り込まれていた。


 軌間を1067ミリメートルと定めたのは、政府が建設した東海道本線の軌間が1067ミリメートルだったからで、同じ軌間なら列車をそのまま乗り入れることができるという理由による。政府にとって有利な条件なのである。


 きわめつけは35条で、鉄道の免許を発行してから25年が経過したら、政府の判断でその路線を買収することができるという項目だった。つまり、鉄道を造らせてやるけど、儲かる路線なら将来的に国のものになるぞということである。


 あまりにも一方的な内容ではあるのだが、この私設鉄道条例が成立したことを機に次々と私鉄が誕生した。こんな条件でも鉄道は儲かると判断されたのだろう。


 現在の山陽本線となっている山陽鉄道は明治21年(1888年)に開業し、翌年には東海道本線と接続した。そして明治27年に勃発した日清戦争では、広島に設置された大本営まで、天皇が新橋から御召列車で出向くこともあった。まさに、私設鉄道条例が効果を発揮したといえる。この頃まで、私鉄と政府はそれなりに上手くやっていたのだ。


 ところが、日露戦争後になって状況は一変する。


 ドイツで兵站の重要性を学んできた軍人・大澤界雄が鉄道国有化を主張したのだ。


 政府は大澤の主張を受け入れ、明治39年(1906年)に「鉄道国有化法」を施行する。これは読んで字のごとく、私鉄を国が接収する法律で私設鉄道条例に明記された25年の期限を待つことなく、ほとんどの私鉄が国有化されてしまったのだった。


 だが、その一方で、買収を免れた鉄道会社も多々存在した。それらの多くは軌道、いわゆる路面電車だった。路面電車は市電とも称されるように、市内交通を担っている面が強い。市内交通では軍事輸送の際、あまり役に立たないと判断された。そのため、私設鉄道条例と同時に施行された「軌道条例」で開業した鉄道会社は鉄道国有法の対象からはずれたのだ。


 そもそも、軌道条例は私設鉄道条例と比べて条文が3つしかなかった。乗り入れで重要になる軌間も決められていなかったため、軌道条例で開業した鉄道会社の多くは1435ミリメートル軌間という、世界で一般的だった標準軌を採用している。現在、大手私鉄で標準軌を採用しているのは関東だと京成・京急、関西では阪急・阪神・近鉄・京阪の6社。関西では南海電鉄を除く、全社が軌道法で開業している。


 軌道条例の3条しかない条文のうち、ネックとなりそうな項目は「線路は道路に敷設すること」ぐらいだった。路面電車が自動車と並んで道路を走る区間を併用軌道、鉄道だけが走る線路空間を専用軌道といい、軌道法では併用軌道区間であることが条件として課せられていた。


 ところが、阪神電鉄はこの法律を拡大解釈し、線路が道路に敷設されていればOKという、法律を逆手にとるようなやり方をした。阪神電鉄の30キロメートルほどの区間のうち、併用軌道として建設されたのはたった5キロメートルほどで、後は道路に作られていても鉄道しか走れない作りになっていた。つまり、区間の大部分は専用軌道だったため、阪神電鉄の路面電車は並行する東海道本線の列車より、はるかに速いスピードで運行することが可能だった。


 路面電車の監督官庁の担当者だった古市公威は、蒸気機関車でなく、将来的には電車が交通機関の主役となることを予測していた。阪神電鉄の脱法行為のようなやり方も、将来的には社会の必要になると判断し、あえて容認したといわれている。阪神電鉄の軌道法による開業が認められると、関西では箕面有馬電気軌道(後の阪急)、京阪電気鉄道、大阪電気軌道が相次いで開業した。関西の大手私鉄といわれる4社が路面電車から出発しているのは、こうした事情による。


 その後、日本が近代化を迎え、鉄道の乗客が増加したことにより、これらの大手私鉄は運行する車両の数を増やすようになる。次第に各社は路面だけでなく、路面以外を走る電車の分野にも進出した。そして混乱の時代を生き抜き、私鉄としてJRとしのぎを削る存在になるのである。

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