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(2021/12/6 追記)

犬耳書店は2021年12月21日に、姉妹店「Renta!(レンタ)」へ、全サービスを統合いたします。
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裏のハローワーク 交渉・実践編
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エンタメ
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仕込みは成熟させればウマミが増す

『裏のハローワーク 交渉・実践編』
[著]草下シンヤ [発行]彩図社


読了目安時間:10分
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● data ●

威 力:★★★★★

難易度:★★

実用度:★★★★




 弱みを握ったらとことん追い込む。


 交渉事の鉄則である。


 ここで重要になってくるのは、弱みという「切り札をいつ出すか」ということだ。タイミングを誤ると切り札がなんの意味もなさなかったり、あるときは逆手に取られて形勢逆転されることもある。


 それを見極められるかどうかが、交渉の手腕を雄弁に物語るのである。



   ネタが向こうから飛び込んできた



 事件屋の望月氏(34・仮名)は格好のネタを見つけた。


 事件屋というのは裏社会のなんでも屋か探偵のような存在で、揉め事を見つけると「一枚噛ませてもらえませんか」と首を突っ込むことを生業としている。今回はそれが向こうから飛び込んできたのだから、彼は舌なめずりをした。


 顧客データを名簿屋に転売している電化製品のディスカウントショップを見つけたのだ。


 というのも、彼は個人情報を記入する必要があるときは、住所の末尾にアルファベットの1文字を付け加えるようにしている。


 望月氏が郵便受けを開けると、山のようなダイレクトメールが届いていた。


 すぐに宛名の住所の部分に目を走らせる。すると「○○ハイツ302号U」というものがあった。望月氏の顔がゆるんだのは言うまでもない。


 すぐに部屋に戻ってリストをたしかめると「U」のついた住所は隣町にある電化製品のディスカウントショップで記したものに間違いなかった。彼は日頃から、なるべく多くの個人情報が流出するように心がけている。そのため一度も使うことがないと思われるデパートや飲食チェーン店の会員証を作り、住所欄に爆弾を仕込んでおくのだ。


 ただし、これはあまり効率のいい話ではなく、(※1)個人情報管理の重要性が叫ばれるようになったこともあいまって、ほとんど仕事に結びつくことはない。数十件回って一件の流出があればいいほうだという。


 そもそも望月氏としても「ひと稼ぎしてやろう」という思いでやっていることではなく、「たまたま釣れたらおいしい」と考えているにすぎない。


 しかし、今回釣れたのは、予想外の大物だった。


 都内に数店舗を構える電化製品の量販店ということもあり、資金力はかなりのものだ。個人が経営している商店が相手だったりすると、絞れる額もたかが知れているので、単身乗り込んで勝負をかければいいのだが、大物が相手となると、違うやり方を考える必要がある。


 どうすれば限界まで絞ることができるか、望月氏は考えた。



   半年間「切り札」を寝かせる



 彼が行動を起こしたのは、それから実に半年後のことだった。


 その期間、望月氏は「切り札」がより強いものになるのを待っていたのである。


 彼は1人で量販店に乗り込んだ。土曜の夜、客の入りが最も多い時間帯である。


 まず売り場の女性従業員をつかまえて一発かましてやった。

「あのな、おたく。ポイントカードってあるでしょ。あれ作るときに書いた個人情報、流出してるんじゃないか?」


 女性従業員はデータの売買には関わっていない様子だ。望月氏のただならぬ雰囲気は察したようだが、どうにも答えることができない。

「あんたじゃ、話にならん。責任者呼んでくれ、責任者を」


 望月氏が声を荒げると、彼女は慌てて店の奥に引っ込み、数分後、副店長を伴って現れた。副店長は痩せ型の中年男で、「うまいことやりすごしてやろう」という意識が見えた。

「お客様、どうされましたか?」


 平静を装って尋ねてきたから、これ幸いとばかりに望月氏は恫喝した。

「どうされましたかじゃないよ、あんた。人のことバカにするんじゃないって話だよ。おたくの個人情報が流出してるって言ってんだよ」


 その剣幕に周囲の客が怪訝そうな顔で振り向いた。たったこれだけのことで副店長のうわべは崩れ去った。

「込み入った話になりますので、どうぞこちらへ」


 そう言って奥の部屋に案内した。


 通されたのは殺風景な会議室だった。


 女性従業員はすでに返され、副店長と一対一での話し合いになった。


 ここで望月氏は、(※2)副店長がデータ流出にからんでいると当たりをつけた。もし、寝耳に水の話であれば、その事情に詳しい人物を呼んで事実確認をするはずだからである。そして本当だということが分かれば平謝りするしかないはずだ。


 しかし副店長は誰も呼ばずに1人で対応しようとしている。これは自らがデータ流出にからんでいることの証左に他ならないと考えられる。そしてこちらの出方次第であろうが、あわよくば握りつぶしてやろうと考えているのも見え見えだった。


 望月氏はポケットからダイレクトメールの封筒を取り出し、机の上に置いた。


 (※3)量販店から流出したデータを使って送られたダイレクトメールである。


 副店長は封筒に目をやり、

「これは?」


 おずおずと尋ねた。

「私はね、個人情報はしっかり自分で管理しなければならないと思ってまして、外で情報を書くときは目印をつけるようにしてるんですよ」


 副店長の顔が曇った。動揺しているのが丸分かりだ。

「その目印というのはどこにあるんでしょうか?」


 副店長は「変なこと言わないでくださいよ」という口振りを意識しているようだが、声の震えを隠すことはできない。


 望月氏は一気に勝負をかけた。

「ここだよ、ここ。ほら、マンションの部屋番号のあとにUってアルファベットが入ってるだろ。これは私がこの店でポイントカードを作ったときに振ったものなんだよ。それがなんで、こんなところについているんだ。このダイレクトメールを送ってきた業者と、おたくはなんのつながりもないだろう。ということは、おたくが個人情報を横流ししてるって、そういうことじゃないか」


 反論の余地がない展開である。


 副店長は望月氏の「切り札」の前に顔色を失った。なんと答えていいものか考えているようで、視線はせめて糸口でも見つけようとダイレクトメールの宛名の上をさまよっている。そのとき、ぱっと彼の目が見開かれた。

「ちょっと拝見してよろしいでしょうか?」


 そう言って封筒を手に取り、まじまじと見つめている。顔付きにゆとりが出てきた。なにか有利な情報でも見つけたのだろうか。


 望月氏が成り行きをうかがっていると、副店長は落ち着いた声で言った。

「私どもは大事なお客様の顧客データを流出させるなどということは断じて行っておりません」

「なんだと! こうして証拠を持ってきてるじゃないか。俺が嘘をついているとでも言うのか」

「申し訳ありませんが……」


 副店長は小さく会釈をして毅然とした態度で続けた。

「まずですね、このUという文字ですが、たしかにそう見えないこともありませんが、かなりかすんでおりますので、そうと断言するには至らないかと思います」


 届いてすぐに持ち込めばよかったのだろうが、半年前のダイレクトメールの宛名は判別しにくくなっていた。望月氏は黙って相手の話を聞いた。

「次に、これが一番重要な点だと思われるのですが、これが届いたのは半年前のことになりますよね。それをなぜ今持ち込まれたのかということに疑問を感じます。個人情報をそこまで神経質に管理しておられる方なら、このようなダイレクトメールが届けば、すぐに来店なさっているはずでしょう。それがなぜこれほどまでに遅くなったのか?」

「なにが言いたいんですか?」

「失礼ですが、最近、金銭的に逼迫しているなどということはありませんか?」

「私が金に困って、たかりにきたと言っているんですか?」


 押し殺した声で望月氏は尋ねた。最大の侮辱である。

「そういう可能性もあるということです」


 副店長はまなじりを吊り上げて言った。

「なるほど、そういうことですか。最後にひとつ確認させていただきたいのですが、おたくでは顧客データを流出させるということはありえないのですね?」


 間を開けずに副店長は断言した。

「ありえません」


 そう言う相手にこれ以上突っかかっても得られるものはない。ゴネれば「警察呼びますよ」ということになり、事件屋の望月氏としてはますます分が悪くなる。

「分かりました。今日のところはこれで失礼します」


 そう言って席を立ったのだった。



   どうせ落とすなら本丸を落とせ



 ここで話が終われば副店長の圧勝ということになるが、世の中はそれほど甘くない。


 後日、望月氏は数人の(※4)強面の友人を連れ立って量販店の本部にいた。


 手にしているのは、先日の副店長との会話が録音されたテープと、「U」の字がはっきりと読み取れる数通のダイレクトメールである。


 実は最初のダイレクトメールが届いてから、望月氏は「なるべく大事にして搾り取ってやろう」と考え、知り合いのヤクザに頼んで、例の量販店でポイントカードを作ってもらったのだ。


 すると彼らのもとにも「U」の字が印刷されたダイレクトメールが届き始めた。


 彼はこう語る。

「それを店に持ち込んでも出てくる金ってのはたかが知れてるよな。だから一芝居打ったんだよ。顧客データが流出することなどありません、とシラを切る副店長の声と共に、この事実が公表されたら困るだろ」


 寝かせることでワインの味が深くなっていくように、寝かせることでより威力を増す「仕込み」もあるのだ。


 それを本部の責任者に突きつけると、話は一瞬でついた。

「ちょっと前までなら株式会社が作れる金が出てきたよ。だけど、あの副店長はどうなったんだろうね。俺を追い返した日は部下に、どうだ、追い返してやったぞ、とでも言っていたに違いないよ。でも、今じゃ、あの店にはいないだろうな」


 いまだに届く「U」の字の入ったダイレクトメールを見るたびに、望月氏は副店長のことを思い出すのだった。


【オモテではこう使え】

「切り札」は出すタイミングを計ることが大切。「ここぞ」というときに使ってこそ、効果が発揮される。たとえば得意先がミスをしたとして、それをすぐに責めるのではなく、次回の商談に有利になるよう「寝かす」のは基本である。



   ※1…2005年4月から「個人情報保護法」が施行された。5000人以上の個人情報を扱う業者は以下の5つの原則に従い、個人情報を扱わなければならない。違反すると6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金。


   1・利用目的による制限(利用目的を明確にしなければならない)


   2・適正な方法による取得(適性な方法で取得しなければならない)


   3・内容の正確性の確保(正確かつ最新の内容を保たなければならない)


   4・安全保護措置の実施(適切な安全保護措置を講じた上で扱わなければならない)


   5・透明性の確保(本人が適切に関与し得るなどの透明性が確保されなければならない)



   ※2…些細な対応から推測できることがある。もし副店長が別の人間を呼んで事実確認をしていれば、結果は変わっていたかもしれない。



   ※3…電化製品とは一切関係のない健康食品のダイレクトメールだった。



   ※4…いわゆる組織の人間。事件屋の望月氏は特定の組織の盃は受けていないが、裏社会に広く顔が利く。その人脈こそが彼の最大の武器となる。

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