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プロ野球 最強のエースは誰か?
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エンタメ
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一際目立つ成田、木のWエース時代

『プロ野球 最強のエースは誰か?』
[著]野村克也 [発行]彩図社


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 2リーグ制となった1950年、初代のパ・リーグチャンピオンとなったのは毎日オリオンズである。新人王で最多勝にも輝いた荒巻淳さんを中心に、サイドスローの野村武史さん、技巧派左腕の()(ばら)(よしみ)さんが三本柱を形成。10年後に2度目の優勝をしたときは33勝を挙げた剛速球のサウスポー、小野正一さんが大黒柱だった。


 1964年に25勝を挙げた坂井勝二はアンダースローながら速球派。歴代2位の143与死球が示す通り、強気に右打者のインコースを攻め立てた。


 その後、チームがロッテ・オリオンズとなり、1970年に本拠地東京球場で優勝したときの投手陣が球団史上最強だったのではないか。成田文男25勝、木正明21勝、小山正明16勝と、3人でチーム80勝の8割近くを占める62勝を稼いでいる。MVPに輝いたのはリリーフから先発に転向した木正明だ。腰痛に苦しみ、29歳の若さで現役を終えているが、パの右の強打者が手を焼いたシュートは切れ味鋭く、成田直伝のスライダーにも威力があった。


 1974年には木、成田のWエースに、若い村田兆治、東映から移籍の金田留弘の4本柱で優勝、そして初の日本一に輝くが、その後、30年以上優勝から遠ざかる。


 この間、絶対的なエースとして君臨したのは村田だが、八木沢荘六、仁科時成も思い出深い。八木沢は通算71勝ながら、1973年に球団でただ一人の完全試合を達成している。一方、仁科は9回二死までノーヒットノーランに抑えながら、最後に打たれた苦い経験を2度もしている。仁科は変則的なサイドスロー投手。オーバースローを無理矢理サイドにしたようなフォームは、よほど体が柔らかかったからできたのだろう。シンカーを武器に通算110勝の成績を残した。


 荒巻、小野、村田と続いた本格派投手の伝統を受けついだのが、当時の日本最速をマークした伊良部秀輝だ。一方には小宮山悟という技巧派投手がいて、好対照の二人が防御率のタイトルを争った1995年にチームは2位になっている。


 31年ぶりの優勝を遂げるのは2005年。渡辺俊介、小林宏之、ダン・セラフィニ、清水直行、久保康友、小野晋吾と実に6人の2ケタ勝利投手が誕生した。一番個性的なのはアンダースローの渡辺だ。地面すれすれの位置からボールが出てくる。ボールの出どころの低さは私が現役時代に対戦した山田久志や足立光宏以上で、世界一低いとの評価も納得できる。落差の大きいシンカーの威力は山田、足立の域にはないが、左打者には有効だ。


 その渡辺もメジャーを目指して現在、渡米中。伊良部に始まり、小宮山悟、薮田安彦、小林雅英、小林宏之、西岡剛と、どうもロッテ出身者にはメジャー志向の選手が多い気がする。これもボビー・バレンタインの影響だろうか。

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